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ZOJIRUSHI

あなたのいつまでも大切にしたいエピソード

入賞作品

佳作

あの日の桜大阪府 ゆみこ さま

入院したのが三月二十一日。
「今年はお花見できないね」って言ったら「桜は毎年咲くんだよ、この先いくらも見れるじゃないか」と夫は笑っていた。
福島出身の夫が「今年は三春の滝桜を見に行こう」と誘ってくれていたのに、検診で引っ掛かって手術になるなんて思いもよらないことだった。不運を嘆いたら「悪いところを見つけてもらったのだからラッキーと思えよ」だなんて、夫らしいポジティブ思考に、萎えていた気持ちがちょっと楽になったっけ。

桜並木四月五日、思ったより早く退院した私を迎えてくれたのは、病院の前から2キロにわたって続く満開の桜並木だった。退院を祝福してくれているかのように、心の襞にまで浸透してくる桜の優しさ、美しさ。今まで見たどの桜より美しいと、心底思ったあの日。世の中の花という花は、人の心を癒すために咲いてくれるのだろうか。とりわけ桜は上品な色合いといい、華やかな眺めといい、心が膨らむ。心が前を向く。桜さん、ありがとう、と、この時に見た桜には感謝でいっぱいになった。

桜のトンネルを夫はややスピードを落して走ってくれる。その心遣いがうれしい。
「いい花見ができたな」と夫が、顔を和ませた。桜に癒され、夫の優しさにも感謝しつつ、気持ちが新たになっていくのを感じた。

今から23年前の忘れられない思い出。あの日から私はいっそう桜が愛しくなり、毎年夫との花見を欠かさない。

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