「あたり前」のしあわせ栄 直美 様 40代・女性/愛媛県 在住

 「あたり前って言う事に感謝せんといかんよ。」
 亡くなった母の口ぐせだった。家族がいる、白いご飯がおなか一杯食べられる、学校に行って勉強ができる・・・。どれも普通の人にとっては当たり前の事。けれど母には手に入れる事がとてもむずかしい事だった。
 父母を早く亡くし、たった一人で生きてきた母。戦争を体験し空腹と死の恐怖を味わった。もちろん学校になんて行けなかった。30才を過ぎて遅い結婚をし、これでやっと人並みな暮らしを送れると思った矢先、夫を亡くした。またひとりぼっちになった母は絶望感で一杯になったけれどおなかに私がいた。
 「うれしくて、うれしくて神様に何度も何度もお礼を言ったんよ。」
と、母は教えてくれた。
 母と二人っきりの生活は決して豊かとは言えなかったけれど、不思議な満足感にあふれていた。お天気が良ければ「洗濯物がよく乾く。」と言って喜び、雨が降れば「植物が良く育つわ。」と、言う風に何でもプラスに変えていく母であった。
 食事でも我家には友人宅のように肉や魚は並ばない。白いご飯と、野菜の煮物、みそ汁。
 「いただきます。」
 いつもきちんと手を合わせ本当においしそうに食べる母。そんな母の顔をみていると私までもがしあわせな気持ちになれた。白いご飯の湯気の向こうには母の笑顔があった。
 「ありがたいねー。もったいないねー。」
 常に言い続けていた母。
 八月一日、いつも通り朝食をとった母。きれいに平らげ、
 「ごちそう様、あーおいしかった。」
と、手を合わせお茶を一口飲みそのまま帰らぬ人となった。

 私は母に、「あたり前」のしあわせを沢山もらった。そして今日も、「あたり前」のしあわせをかみしめている。