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いい味、旅気分
長野県は、本州内陸部に位置する日本の県の一つです。海に面していない内陸県です。面積は全国第4位ですが、盆地、山が多いため、可住地面積では、海岸沿いの都市部の千葉県、愛知県と大差ないようです。かつての信濃国(しなのくに)にほぼ相当するので、「信州」と呼ばれることも多く、特に観光ガイドでは「信州」と呼ばれることが、多いようですし、認知度も高いです。古代は、科野(しなの)と書きました。県庁所在地は長野市で、善光寺の門前町として発展し、第18回冬季オリンピックの開催地となった都市です。 上高地河童橋
いい味:おしぼりうどん
おしぼりうどん

北信州でも、松代、篠ノ井(しののい)、千曲市(ちくまし)、坂城という地域で食べられていた郷土食です。おしぼりうどんに使われる大根は2種類で、辛味大根(中之条大根、ねずみ大根)と青大根です。
この2種類の大根のブレンドの具合は好みによります。辛党の方はほとんど辛味大根で、長ネギを入れたつゆは、かなり辛くなります。諸説あるようですが、昔の蕎麦の食べ方の原点がここにあるとも言われています。
摺り下ろした、大根おろしを搾った汁に信州味噌を溶かしてつゆを作り、うどんをつけて食べます。大根おろしではなく、搾り汁を使うという点が特徴です。そこから「おしぼり」の名が付いたようです。

おしぼりうどん:材料 4人分
うどん 4玉(400〜500g)
つゆ
・青大根 1本
・辛味大根 1本
・信州みそ 大さじ4(1人大さじ1ほど)
 
薬味
・長ネギ
・花鰹
・海苔
大きな鍋にたっぷりの湯を沸かしうどんを茹でます。辛味大根(ねずみ大根)大根をおろし金で摺り下ろします。

大きな鍋にたっぷりの湯を沸かしうどんを茹で、その間に「おしぼり」の支度をします。
青ダイコン1本と辛味大根(ねずみ大根)1本をおろし金で摺り下ろします。

おろした大根を絞ります。使うのは絞り汁の方です。絞り汁をお椀に分けます。お椀に入れた絞り汁に大さじ1杯ほどのみそを溶きます。

おろした大根を、ガーゼやキッチンペーパーで絞ります。使うのは絞り汁の方です。
絞り汁をお椀に分けます。2種類のブレンドはお好みで調整してください。
辛いのが好きな人は、辛味大根だけでも。
お椀に入れた絞り汁に大さじ1杯ほどのみそを溶き、付けつゆを用意します。

薬味は花かつおと刻んだネギを。

茹であがったうどんを、冷水でさらして、皿に盛り付けます。暖めて釜揚げにしても美味しいです。
薬味は花かつおと刻んだネギを用意してください。ネギは白ネギでも青ネギでもお好きなものでどうぞ。

コツ:
味噌はもちろん、信州味噌がベストです。
うどんも、地粉で手打ちしたようなのだと最高ですが、無ければ乾麺でも美味しいです。

旅気分:長野県
長野県 長野県の中央部は高地が占める山地型の地形ではなく、標高の高い北西県境の飛騨山脈、南東県境の赤石山脈で囲まれた、いくつかの盆地(伊那谷盆地(いなだにぼんち)、松本盆地、佐久盆地(さくぼんち)、長野盆地など)を中心とした地域で形成されています。大半は内陸部の地域ですが、北部は完全な日本海側の地域です。分水嶺が県の中央を走っているため県内の南半分は太平洋側に近く、南部の飯伊地域(はんいちいき)の多くは東京都(伊豆諸島、小笠原諸島を除く)よりも南であり、県最北端は群馬県の最北端よりも南です。
長野県の10地域
松代城址(まつしろじょうし)
松代城址松代城は、長野県長野市松代町松代にある城郭です。海津城・貝津城(かいづじょう)または茅津城(かやつじょう)とも言われ茅の生い茂った地であったと伝える説もあります。川中島の戦いの時、武田信玄の拠点として築かれ、後に真田氏の居城となりました。城門、石垣なども復元され、春は桜の名所として賑わいます。形式は輪郭式平城で、国の史跡に指定されています。
戸隠神社
戸隠神社 中社戸隠神社(とがくしじんじゃ)は、長野県長野市北西部の戸隠山周辺に、奥社(おくしゃ)、中社(ちゅうしゃ)、宝光社(ほうこうしゃ)、九頭龍社(くずりゅうしゃ)、火之御子社(ひのみこしゃ)の五社からなる神社でです。「天の岩戸」が飛来して、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達しました。祭神は「天の岩戸開きの神事」に働きのあった神々をお祀りしています。平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆(しんぶつこんこう)のころは戸隠山顕光寺(とかくしやまけんこうじ)と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。
軽井沢町 旧軽井沢
軽井沢町 旧軽井沢旧軽井沢ロータリーから旧碓氷峠(きゅううすいとうげ)方面へ向かう約500mの区間が旧軽井沢のメインストリートになっています。 かつては中山道の軽井沢宿があったところで、軽井沢駅のある新道地区からは北に離れた場所に位置しています。 1888年(明治21年)にカナダ人宣教師のアレクサンダー・クロフト・ショーが別荘を開設して以来、 多くの著名人が軽井沢に別荘を設けたました。別荘族御用達の街として旧軽井沢銀座は発展しました。 また、軽井沢彫は外国人の別荘向けに作られた経緯があり、今でも古い別送の備え付けの家具にはなごりがあります。
旧松本高等学校(あがたの森文化会館)
あがたの森文化会館1919年の開校当初は、県立松本中学(長野県松本深志高等学校の前身)に間借りする形で授業が行われていましたが、翌1920年、新校舎が松本市内・駅東側に位置する県(あがた)地区に竣工して移転し、この校地は新制大学への移行まで存続していました。旧制松本高の校地・校舎は信州大学文理学部に継承され長く使用されたが、旭町地区へのキャンパス統合移転により1973年3月に廃止され、松本市に移管されました。思誠寮(1920年築)は新制移行に伴い信州大学文理学部の寮として継承されましたが、1983年3月市内の横田地区への移転により旧寮は取り壊されました。横田新寮は現在も信州大学思誠寮としてその伝統を継承しながら存続しています。
参考リンク:
長野県:http://www.pref.nagano.jp/

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