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いい味、旅気分
東京都は、関東地方南西部にある日本の首都で、政治、経済、文化、交通の中心として発展し、産業、人口が集中している、日本の中心の都市です。金融の世界でも、ニューヨークやロンドンとならぶ国際金融や情報の中心機能が集まり、世界の政治、経済、文化と密接に結びついた世界都市の性格を強めています。日本の中心であるとともに、世界の中心の都市のひとつです。
行政上は伊豆諸島、小笠原諸島を始め、日本最東端の南鳥島、日本最南端の沖ノ鳥島までも含む、南北に広い行政地域を抱えています。
都内の見所も豊富で、観光客も必ず訪れるという下町情緒溢れる東部地域や近代的な建造物も建ち並ぶ湾岸地域も、ひとつの観光新名所となっています。
谷中
いい味:もんじゃ焼き
もんじゃ焼き

もんじゃ焼きの起源は、江戸中期の江戸で作られた仏事用菓子「麩の焼き」であると言われています。その後、麩の焼きを起源として江戸末期から明治にかけ、味噌の代わりに餡を巻いて作る「助惣焼(すけそうやき)」が生まれます。この食べ物は東京・大阪で大流行し、明治時代には「もんじゃ焼き」「どんどん焼き」が生まれました。1819年刊『北斎漫画』に、「文字焼き屋」の挿絵があり、この時代既に江戸にもんじゃ焼きに類するものがあったことがわかっています。

お好み焼きの原型となった料理で、もともとは主に間食(おやつ)として食べられていました。小麦粉を溶かす水の量が多く、またソースなどの調味料を一緒に混ぜ込んでしまうのが特徴です。鉄板にコテで抑えつけて焼きながら食べるので、鉄板に接する外部は食感がパリッとしていますが、押さえつけが足りない部分などはトロッとしています。
東京の下町にもんじゃ焼き店が多いです。
もんじゃ焼き:材料 1回分
<基本の具>
キャベツ 200g
天かす 適量
桜エビ 適量
青のり 適量
豚肉 150g
切りイカ 100g
味付フライ麺 小袋1/2
お餅 2個
とろけるチーズ 適量
少々
 
<基本の生地>
薄力粉 大さじ4
和風だし汁 400cc
ウスターソース 大さじ2
キャベツのみじん切り桜エビ、天かす、切りイカなどボールに具材を入れ軽く混ぜます

キャベツ等の具は全てみじん切り、食べやすい大きさにしておきます。
ボールにだし汁、ウスターソース、小麦粉を入れて溶かし、生地を用意しておきます。
生地のボールにキャベツ、桜エビ、天かす、豚肉や切りイカなどの具材を入れ、軽く混ぜます。

具材を軽く炒めます生地でドーナツ状の土手を作ります真ん中に具材を投入します

温めたホットプレート(約200℃)に薄く油をひき、生地から豚肉や切りイカの具材だけを取り出し、軽く炒めます。肉類等はここでしっかり火を通しましょう。
生地でドーナツ状の土手を作り、真ん中に具材を投入します。グツグツいい始めたら、ドーナツを壊して何度もかき混ぜます。
出来上がる手前でお餅やチーズを入れてください。

薄く広げます色々なトッピング

薄く広げて、生地のふちがパリパリになってきたら食べ頃です。
青海苔をちらして出来上がりです。
その他色々なトッピングでお楽しみください。

旅気分:東京都
東京都 明治維新以前の東京都都心部の旧称は江戸であり、江戸時代には江戸幕府の所在地として栄えました。第二次世界大戦中の1943年(昭和18年)7月1日に東京都制が施行され 、東京府と東京市を統合した形で東京都が設置されました。第二次大戦後の1947年に地方自治法が施行されたために東京都制は廃止されましたが、東京都の名称と行政区域は変更されず現在に至っています。このため東京都庁は、23区を包括する市役所としての機能と県庁として広域行政体としての機能とを併せ持っています。
東京都庁舎は長年千代田区の有楽町にありましたが、1991年(平成3年)4月1日に新宿区の西新宿に移転しました。移転に伴い、地方自治法に従って都条例も改正され、現在の都庁所在地は新宿区となっています。
浅草寺(せんそうじ)
浅草寺昔ながらの風情が残っている街並みが魅力で、老舗も多く点在する浅草は、いつも多くの観光客で賑わっており、浅草寺の大きな提灯「雷門」が町の目印となっています。また浅草は、夏の隅田川花火大会や、浅草サンバカーニバル(8月)など様々な催しものが行われているエキサイティングな街でもあります。そんな浅草を代表する浅草寺は、628年に創建された都内最古の寺院です。いつも多くの観光客や参拝客が訪れ、ほおづき市、羽子板市など、季節ごとに様々な市が立ちます。毎年5月に行われる三社祭は、江戸三大祭の一つです。
雷門
雷門
浅草寺の正面入口、最初の門は平公雅(たいらのきんまさ)によって浅草寺の総門として942年(天慶5年)に建てられました。数度の火災による焼失、再建がなされましたが、1635年(寛永12年)徳川家光によって建てられた門は右に風神、左に雷神を安置してあるところから正しくは「風雷神門」(ふうらいじんもん)を、略して雷門と呼ばれました。1865年(慶応元年)の火災に遭って以来、昭和35年に再建されるまで、95年間のあいだ雷門は幻の存在だったことになります。
銀座界隈
銀座界隈日本一とも言える洗練されたショッピング街でも有名な銀座での過ごし方は、千差万別です。高級な店が建ち並ぶ、洗練された大人のエリアとして、全国にも知れ渡っています。通称、銀座通りとも呼ばれる中央通りは、銀座のメインストリートです。老舗有名デパートやファッションビル、専門店が並び、休日には道路が歩行者天国になるので「銀ブラ」には最適です。また、銀座を堪能した後は、船で隅田川を上って浅草まで行くことが可能です。
高尾山薬王院(たかおさんやくおういん)
高尾山薬王院正式名称「高尾山薬王院有喜寺」は744年(天平16年)に、聖武天皇の勅令により東国鎮守の祈願寺として、高僧行基菩薩により開山されました。薬王院の名は創建当初、薬師如来をご本尊とした事に由来します。現在は真言宗智山派の大本山として「成田山新勝寺」「川崎大師平間寺」「高尾山薬王院」が三大本山として知られています。
南北朝時代の永和年間(1375-1379年)には京都醍醐山より俊源大徳(しゅんげんだいとく)が入山し八千枚の護摩供養秘法の後、今のご本尊「飯縄大権現(いづなだいごんげん)」を奉祀し中興されました。戦国期、飯縄大権現は戦国武将の守護神として崇敬され、上杉謙信や武田信玄の兜表にも奉られ、また北条家の手厚い保護も受け江戸期に入ると徳川家(特に紀州家)との仏縁により隆盛をむかえました。
参考リンク:
東京都:http://www.metro.tokyo.jp/

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