象印 ZOJIRUSHI

象印マホービンのとりくみ

開発秘話

コーヒーメーカーダブル加熱の巻ダブル加熱が生んだ本格ドリップの味わい

コーヒーメーカーのトップシェアを目指して

象印がコーヒーメーカー市場に参入したのは昭和50年。バブル崩壊後に「シンプル」&「低価格」な商品コンセプトを打ち出し順調に業界でのシェアを拡大し、平成9年に発売した大容量タイプのヒットによりさらに業界での地位を築き上げていた。
一方、コーヒー豆の需要が年々増加しているにもかかわらず、コーヒーメーカーの市場は縮小傾向にあった。不景気に加え、ペーパーの簡易ドリップを利用してコーヒーをいれる人が増えていたことも影響していた。ユーザーの購買意欲を誘うための、付加価値が必要だった。
平成11年11月、コーヒーメーカーの開発チームは、チームリーダーの山本以下、メンバーが一新され、商品企画担当には鎌田が着任した。

理想的なドリップを求めて

新しい部署に来て1ヵ月、山本は漠然と「なにかせなあかんな」と思いながらも、これといったあてもなく時が過ぎていた。そんなときに出会ったのが、「ダブル加熱」のアイデアだった。
一般においしいコーヒーをいれるための理想的なドリップ方法は、最初にコーヒーを高温で蒸らしてから、熱湯を注ぐことだといわれている。しかし従来のコーヒーメーカーは、最初に低温のお湯でドリップが始まるため、コーヒーの風味を最大限に引き出せないという構造上の問題があった。
他社は、温度センサー的な機能を持つ形状記憶合金をお湯の抽出弁に採用し、お湯が高温になってからドリップを開始できる高価格帯の商品を発売していた。それでも最初にでてくるお湯の温度は低く、95度の熱湯になるのはドリップの最後のほうになった。最初から熱湯でいれる本格的なドリップコーヒー。それはコーヒーメーカーの開発にとって大きな課題だった。

「ダブル加熱」のアイデアを聞いたとき、商品企画担当の鎌田はこれこそ求めていた商品だと思った。これまでの低価格路線だけでは、ユーザーからブランドへの信頼は得られない。ユーザーの心をつかむ提案型商品を打ち出して、象印のコーヒーメーカーをトップブランドに育てたいという思いがあった。
ダブル加熱を行えば、熱いお湯で理想的なドリップが実現できる。シンプルな構造のため、コストもかからない。機能の良さに加え、価格面でも他社を圧倒する商品になるはずだった。

翌年3月に最初の試作品が完成した。一次加熱用と二次加熱用の二つのヒーターを搭載。二次加熱される最初の少量のお湯は高温で蒸気に変わるため、ドリップ前にコーヒー豆を蒸らすことも可能になった。お湯の温度は蒸気を出した直後が95度、その後も95度の理想的な高温でドリップができた。
従来のコーヒーメーカーで入れたコーヒーとのみ比べてみると、「ダブル加熱」でいれたコーヒーはあきらかに味が違った。味が濃く、香りが高い。たくさんの社員に協力を求め、試飲をしてもらった。評価は上々だった。

高温ゆえの難しさ

商品化する上で一番の難題は、お湯の温度調整だった。二次加熱でお湯が熱くなり過ぎると、必要以上の蒸気が出てしまう。開発チームは、パイプの形状や穴の大きさを変えた三パターンのヒーターを用意し、何度もお湯の温度を計測してデータを取った。使用する水の温度や気温の変化によっても沸騰の度合は異なる。さまざまな条件でテストを繰り返した。
初めての試みだけに、色々なトラブルも続出した。いくどとなくテストを繰り返しながら、部品のあちこちに修正を加えていった。
量産化を目前に控えた11月、おもいがけなく、ある一定の条件では蒸気が多く出るというテスト結果が出た。急遽、ヒーター部分の構造を変えることになった。
「そらあかん、それでは商品にならん。なんとかしろ!」トラブルが起こるたびに、鎌田から開発チームに檄がとんだ。商品化にむけた開発が始まって、すでに四ヶ月が過ぎていた。

業界初のおいしさを実現

平成13年2月、ダブル加熱で「蒸気むらし&95度の熱湯ドリップ」を実現した『珈琲通EC-VJ60』が発売された。デザインはマンハッタンの高層ビルをイメージしたアメリカンスタイル。フィルターの交換やお手入れを簡単にするため、バスケットをスイングさせてフィルターケースを取り外せるように設計するなど、細部にもこだわりがあった。森本の発案で、ミルの掃除用ブラシを置くスペースも設けられた。
発売に先駆け、鎌田はコーヒー関連の大手メーカーに依頼して、専門のテイスターによるテイスティングを行った。「香り」「色」「酸味」「苦み」「渋み」「濃厚感」のどの分類でも、高い評価を得ていた。本格ドリップが評判となり、『珈琲通EC-VJ60』は予想の二倍を上回る売れ行きとなった。それと同時に象印のコーヒーメーカーのシェアも業界トップ(当社推定)に上昇した。トップブランドに向けた、新たなステージが始まった。

開発担当者
鎌田 明博(左)山本 丈郎(中)森本 順治(右)
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