象印 ZOJIRUSHI

象印マホービンのとりくみ

開発秘話

安全革命を成し遂げた「電気ケトル」 電気ケトルの巻 Vol.11

2008年2月21日、象印から新開発の「電気ケトル」が発売された。日本電機工業会加盟メーカー第1号となるこの商品は、従来の電気ケトルの常識を覆すほど安全性に配慮が尽くされた革命的な製品。品質と安全にこだわる象印の企業精神が、まるごと詰まった新製品である。開発の陰には、まったく新しい発想の電気ケトルを世に出す、産みの苦しみがあった。

最大の難関だった商品企画

電気ポットや魔法瓶でトップシェアを誇る象印が、電気ケトルという製品に着目をし、開発を検討し出したのは、2003年のこと。今でこそ爆発的に売れている電気ケトルだが、当時はまだ市場に姿を見せはじめたくらいで、認知度は低かったという。
電気ポットもお湯を沸かすが、保温をするのが前提だ。「いかに省エネで湯を沸かし、保温するか」を追究してきた象印にとり、「必要な分だけ沸かす」というのは新たな発想だった。しかし、生活環境の変化やペットボトルのお茶の普及などで、家庭でお湯を使う量が減りつつあるのも事実。電気ポットにくわえて電気ケトルを開発すれば、ユーザーの選択範囲は一段と広がるに違いない。
西氏「その頃は漠然と『電気ケトルを作りたい』というだけで企画をはじめました。しかし、まず根本的な問題があってなかなか商品の形にたどりつかなかったんです」
当時から数えて3代目の担当となる商品企画部の西はいう。
電気ケトルが電気ポットに比べて技術的に難しいのではない。むしろその逆で、あまりに簡易すぎるところが問題だったのだ。
「おしゃれだし、火を使わないから安全」、「お湯がすぐ沸いて便利」というのが電気ケトルの一般的な印象だろう。だが、世にある電気ケトルはどれも象印からすれば完全に安全とは言い切れない代物だった。火を使わないだけで、調理器具のケトル=やかんの発想で作られているのである。当然倒れればお湯はこぼれるし、お湯が沸くと取っ手以外の部分は熱くなる。
「電気ポットというのは、JISや日本電機工業会というところで決められた安全性に対する試験をきちんと守って、基準をクリアしてから製品化しています。とくに象印は安全に対してはとてもこだわっていて、安全面では他社より一歩先を目指しているほど。『そんな風に電気ポットを作っている会社が、そんな簡単な構造の電気ケトルを出して良いのか?』という部分が問題だったのです」

企業精神を活かした電気ケトルに

もちろん良いわけが無い。電気ポットと同様の安全性は象印として必須であった。ならばまったく未知のジャンルである電気ケトルに、どこまでの水準の機能を持たせれば良いのか。実際に作ったとして、つくりが簡易なぶん価格もリーズナブルな他社の電気ケトルと同じ市場で勝負がつくのだろうか……。こうして企画完成までの長い道のりがはじまる。
まず「倒れてもお湯がこぼれないこと」そして「外側を触っても熱くならないこと」は、どちらも電気ポットとしては当たり前の機能なので、この点は外せなかった。もちろん電気ケトルとしては当たり前についている「お湯が沸いたら電源が自動で切れる」機能も当然だ。では電気製品として事故を未然に防ぐ機能はどこまでが必要だろうか。容量、お湯を沸かすスピード、価格帯…すべてが一からの検討である。商品企画部と開発室、営業のメンバーが集まり、何度も話し合いが行われた。
ついに製品の詳細が固まり、開発のスタートが決定したのは2006年の6月。最初の発案から3年近くの月日が経っていた。商品企画部が最終的にたどり着いた新製品の姿は、「転倒湯もれ防止」「熱くなりにくい本体設計」「空だき防止」の安全設計を備え、お手入れがしやすい清潔設計の電気ケトルであった。

デザインと安全の両立を目指して

開発室がまず着手したのはデザイン。リビングやダイニングで使ってもらえるように、インテリアに溶け込むお洒落なデザインが求められた。他社の電気ケトルと差別化を図るためには高級感も欲しい。なかでも開発が一番心を砕いたのは「小さくみえる」こと。象印の電気ケトルは他社のものより2まわりほど大きくなってしまうのが弱点だったからである。その理由は安全性を追求するあまり部品が多くなったことと、清潔に使えるよう中にステンレスの容器が入っていることにあった。

デザインは、世界的に活躍されているインダストリアルデザイナー喜多俊之氏に依頼した。喜多氏のデザインは象印では今までになかった有機的なデザイン。持ち手の部分だけ質感を変えたり、電源プレートの側面を一段切り落とすなど、高級感を持たせつつ小さくみせる工夫に富んでいた。小さなボタンにいたるまで質感や触感にこだわり、開けてみたときの印象や持ってみたときの感じなど、さまざまな角度からの配慮もなされた。配色にもこだわり、スタンダードな白とベージュに加えて、漆器を思わせるシックな赤を採用。赤は象印としても久しぶりに登場する色だ。
スケッチから3Dに起こして検証し、さらに試作品を作って検証し、そのたびに構造やコストのうえで難しいところは修正をお願いする。喜多氏とも何度も打ち合わせを行い、意見を戦わせ、調整を繰り返した。
工夫を凝らした蓋内部構造開発を担当した池田がもっとも苦労したのはこのデザインと安全性、コストのバランスを取ることだったという。
「ポットと同じようにケトルが転倒した際に湯もれを防止するために蒸気口にある止水弁が動作し、内容器と蓋からの湯もれも防止するようにパッキンが取り付けられています。小さく見せるため蓋を最小限の大きさにしているので、フックを配置するのに苦労しましたね。それにケトルは丸い形をしているため、押すところと動くところに高低ができてしまって。最終的には段違いの部品形状にたどり着くのですが、こんな形は初めてですし、強度が弱くならないような工夫も要りました。最終の形になるまで何度も会議を開きましたね。技術室にも参加してもらって、みんなでああでもない、こうでもないと知恵を絞りました」

また、安全のためには電気ポットと同じように温度ヒューズもつけなければならない。これらは目には見えないが、中の部品が故障したときに事故が起こるのを防ぐために象印としては一番こだわりたい部分だ。他社ならばただ電源コードが繋がっているだけの電源プレート部分にも、もちろん電流ヒューズを取り付けて安全性を確保する。二重三重のフェイルセーフを目指す象印流だ。こちらも課題が山積みだった。
池田氏「まずお手本が無いんですよ。どこにどんな仕様のものをつけるか、目星もつかない。使うときに切れたらダメで、何か異常が起こったときだけ切れないといけない機能ですから、その設定をどこにするのかを探るのが大変でしたね。また製品をギリギリまで小さくしているからつけるスペースをひねり出すのも一苦労でした」
池田は、デザインの調整を続けながら、一方でこうした内部の機能試作と試験を何度も繰り返し、ケトルと電源プレートの安全設計に力を尽くした。
※フェイルセーフとは、製品に万が一障害が発生した場合に、常に安全な方に制御をすること。

安全確保への地道な努力

小澤氏開発室とデザイン部隊の苦労が実り、技術室が量産化を始めたのは、2007年の5月。
開発の段階からこまかく意見を摺り合わせてきたため、金型作りは大きなトラブルもなく比較的スムーズに進んだ。だがここでも苦労したのは“安全”のための検証作業だったと技術室の小澤はいう。
「電気ポットは今までの蓄積がありますが、今回は全くの新製品。ふんだんに安全機能をつぎ込んでいるので、それぞれが無事に機能するか、またどこまで耐久するか、裏付けを取る検証作業が山のようにありました。ひたすらお湯を沸かし、データを取る作業を繰り返しました」
小澤も生産を行う中国の合弁会社に何度も足を運んだ。金型を作り試作をして耐久試験を行い、また修正して試作する。試験の結果で何度も修正が繰り返された。
ついに量産化のメドがたったのはその年の年末年始だった。スタッフの一人は正月休みを返上して中国で打ち合わせを行ったという。発売日は翌年、2008年の2月21日に決定した。

受け入れられた“安全な電気ケトル ”

こうして難産のうえ誕生した電気ケトルは、販売店の反応も上々だった。「電気ケトルにここまでの機能を盛り込んで、果たして受け入れてもらえるのか」といった不安も一掃された。
一番の追い風となったのは、発案から発売にいたる5年間に起きた安全への社会の意識変化だろう。ガス器具による事故などが社会問題となり「消費生活用製品安全法」も改正された。これにより事故が起きた場合メーカーや販売店は経済産業省に届け出の義務が生じ、販売店も安全に対しての意識が高くなっていた。象印にとっては当たり前である“安全”に注目が集まり、“安心して使える商品”が評価を受けるようになっていたのだ。
もちろんユーザーの意識も高まっている。実際に販売された「電気ケトル」が、もともと予定していた数量を上回る売れ行きを見せていることでも明らかだ。
振り返れば企画が出てから足かけ5年。やっとゴールを迎えほっとひと安心といいたいところだが、技術者たちの目はすでに先を見つめている。
「もちろん次の展開も考えていますよ。まだまだ電気ケトルは伸びる商品だと思いますので。電気ポットも需要は無くならないと思いますし、それぞれの生活シーンにあわせて選んでいただけるよう選択肢を増やしていきたいですね」
“安全な電気ケトル”が、日本の電気ケトルのスタンダードとなる日も近いかも知れない。

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開発担当者
西 広嗣 HIROTSUGU NISHI小澤 輝幸 TERUKIYO OZAWA池田 哲也 TETSUYA IKEDA
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