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象印マホービンのとりくみ

開発秘話

おいしさの秘密は「羽釜」にあり 極め羽釜の巻 Vol.12

2010年9月、羽釜形状の内釜を採用した最高級炊飯ジャーが発売された。1970年の電子ジャー発売から約40年にわたり培ってきた象印の炊飯ジャーの考え方を一旦白紙にし、原点に立ち戻り、まったく新しい炊飯ジャーの開発にゼロからチャレンジした。最終ゴールはシンプルに“おいしいごはん”。その裏にはさまざまなドラマがあった。

日本人の主食・お米 量より質にこだわる時代へ

近年、お米の消費量の減少が叫ばれているが、日本人のDNAに刻まれたお米文化が消えるはずもなく、食べる量は減っても、その質、つまり「おいしいごはん」へのこだわりはより一層強くなっている。このおいしさ志向を如実に示すのが、高級炊飯ジャーの人気ぶりだ。実際にここ数年、「自宅でもっとおいしいごはんが食べたい」というお客様からのご意見が多い。お客様が望まれるのは「昔ながらのかまどで炊いたごはんの味」。そして、この「かまどで炊いたごはん」とは、象印だけでなく、炊飯ジャーメーカー各社が目指しながらも、まだ達成し得ていない、炊飯ジャー業界が目指す大きな目標だった。

象印初!部署横断型「炊飯ジャープロジェクト」発足

象印は炊飯ジャー市場のトップブランドであり、事業シェアの約4割を占める主力事業である。しかし、5万円台以上の高級炊飯ジャー分野ではトップをとれず苦戦を強いられていた。2009年1月、当時の商品企画部長は、このような危機的な状況下でプロジェクトを立ち上げることを経営会議で提案した。この状況を打破し、お客様の声になんとかお応えしたいというトップブランドとしての自負。このような想いから誕生したのが、象印初の試みである部署横断型の「炊飯ジャープロジェクト」だった。

後藤商品企画担当の後藤はリーダーに任命され、プロジェクトメンバーとして30〜40代の次世代を担う人材を各部門から召集した。従来の技術中心の開発体制とは異なり、販売促進、アフターサービス、広報の担当者など総勢14名が集結し、象印では初めての部署横断型のプロジェクトが結成された。
プロジェクトのテーマは「ゼロからのチャレンジ」。これまで培ってきた技術や象印の炊飯ジャーの考え方を一旦白紙にし、これまでの社内常識にこだわらず原点に立ち戻って、まったく新しい炊飯ジャーの開発に取り組むことを決定したのだ。ひとりの不満も出さない、とにかく「おいしい」とお客様に満足していただける炊飯ジャーの開発をプロジェクトのゴールと定めた。2009年2月のことだった。

「銀シャリ屋 げこ亭」との出会い

村嶋氏象印が理想とするおいしいごはんとは何か。後藤はまず、「おいしいごはんとはどのようなごはんなのか」を見つけることから始めた。熱い議論を重ね、「おいしさ」を追求する中で、「昔ながらのかまど炊きのごはん」に絞っていった。まずは皆で手分けして、かまど炊きでごはんがおいしいと評判のお店を探し、全国で20店舗近くを食べ歩いた。各自で店を探し、出張の際にもその土地でごはんを食べ、味の感想はもちろん、さまざまな炊飯の工夫やポイントを会議で報告し合った。しかし、なかなか理想のごはんに出会えず、メンバーに焦りの色が見え始めていたその時だった。「これだ!」入社以来18年、炊飯ジャーの開発一筋の宇都宮にとって、感動的な出会いだった。大阪・堺の定食屋「銀シャリ屋 げこ亭」の店主・村嶋氏に出会うことができたのである。1963年の開店以来、「うまいごはんを食べさせたい」との想いから、そのおいしさに徹底してこだわる「飯炊き仙人」と呼ばれる人物だった。火力の強いガスコンロをセットしたレンガ積みの自家製のかまどで、1回に3升のお米を短時間で炊きあげたごはんは、ふっくらとした弾力とごはん本来の甘みがあり、誰もがつい、おかわりをしてしまうほどのおいしさである。

このおいしさを家庭用炊飯ジャーで実現するため、村嶋氏に何としても炊飯のノウハウを伺い、心臓部である釜の炊飯温度計測を実現したいと宇都宮は考えていた。メディアにもたびたび登場している村嶋氏は職人気質の堅物で「怖い」という印象しかない。断られたらそれで終わりだ・・・宇都宮はひどく緊張していたが、思いがけなく、村嶋氏は気さくな人だった。「僕も入社して18年、飯炊きばっかりなんです」という宇都宮の言葉に、「そうか、大変やな!」と飯炊き47年のキャリアを持つ村嶋氏は共感してくれた。そんな会話に後押しされ、意を決して炊飯の温度測定を申し入れた。村嶋氏は「ええよ、自由に使いや」と快諾してくれ、こうして『極め羽釜』の開発はスタートを切った。

釜内温度計測4月末、げこ亭の釜内の温度を15箇所(上下・左右・中央など)測定した。その測定結果を解析したデータを見て、宇都宮は目を疑った。「それぞれの温度差が10℃以下・・・ほとんど炊きムラがない。3升も炊飯しているのに」。このようなデータになるには、げこ亭のさまざまな創意工夫があった。まずは広く浅い釜。深い釜で米が重なり合うと自重でつぶれてしまうが、浅い釜だと米の重なりが少ないため、対流が起こりやすく、ひと粒ひと粒がふっくら炊き上がるのだ。2つ目は自家製のかまど。取っ手周辺のスペースに土が盛られており、釜全体から熱が逃げないよう空気断熱層を設け、熱伝導を高めている。3つ目は蓋。通常の蓋を2枚に重ね、釜内に圧力をかけていた。「この炊き上がりを実現したい」宇都宮はこれらの特長を家庭用炊飯ジャーに組み込もうと、開発魂に火がついた。

新しい釜への挑戦、羽釜形状の内釜へ

宇都宮釜内の温度をより均一に近づけるためには、内釜の側面から強力に加熱する必要があった。
これまで上位機種に採用している内釜は、2001年に開発した「真空かまど釜」が社内の常識となっていた。「真空かまど釜」は、2005年に「発明功労者」(大阪府)や「電機工業技術功労者(発達賞)」(日本電機工業会)を受賞するほど高く評価された内釜でもあった。

「真空かまど釜」の特徴は、「釜底からヒーターの熱を素早く伝え、側面からの熱は、真空層で閉じ込める」という熱伝導性と蓄熱性の良さを兼ね備えた点である。しかし、内釜側面が真空ゆえに、側面からの加熱ができないといった面も持ち合わせていた。真空かまど釜の特徴を残しつつ、側面からの加熱を強化し、ごはんの炊きムラを改善するにはどうしたら良いか。
そこでプロジェクトが出した答えは、内釜をげこ亭のように広く浅い形状にし、さらに、昔ながらの羽釜のように羽をつけるというものだった。その羽を直接加熱することができれば側面からの加熱を強化でき、また、広く浅い形状にすることで対流が強くなり、ごはんの炊きムラを改善することができる。しかし、真空かまど釜をあきらめなければならない・・・真空かまど釜の特徴である蓄熱性をどう実現させればいいのか・・・そうか!内釜の羽部分に対し、直接加熱するヒーターを全周設けることで、羽から下の部分と本体の間に空気断熱層を設けることができる。「これだ、内釜を羽釜形状にすることで全てが解決できるんだ」と確信した。

高級炊飯ジャー市場では「内釜戦争」と呼ばれるほど、各社が特徴的な内釜を出し、そのおいしさを競っている。各社が目指すのは「かまどで炊いたごはん」。しかし、不思議なことに羽釜形状の内釜はまだ登場していない。チャンスと思う反面、それだけ難しいのでは…と不安がよぎる。宇都宮は「誰も実現できていないのなら、このプロジェクトで成功させよう」との想いで、不安を手応えへと変える毎日が続いた。

第一号の試作品が完成

スケルトンモデル開発メンバーでチームを組み、げこ亭の炊飯ノウハウと計測データをもとに、かまど炊きの効果を最大限に引き出すためのアイディアを練った。

内釜に羽をつけたからといって、かまどで羽釜を使って炊いたごはんが簡単に再現できるわけではない。げこ亭の炊飯フローを実現させるため、羽の厚みを変えたり、羽を設置する位置を±10mm単位で調整するなど、試作品を作っては炊飯してみる、を30回以上も繰り返した。また、羽の付いた特殊な形状のため、従来の手法では作ることができず、高熱で溶かしたアルミに低い圧力をかけて素早く釜の形状に固めてプレスする「溶湯鍛造法」を採用した。さらに、生命線とも言える羽部分は、寸分のサイズの狂いも許されないため、一品ずつ丁寧に旋盤で削り出す手法を選んだ。また、アルミ単体ではIHに対応しないため、外面にメッキを施した。
内釜を広く浅くすることについても十分検討した。げこ亭と同じくらい径を広げてしまうと、家庭用炊飯ジャー本体としては受け入れられない大きさになってしまう。可能な範囲で広く浅くするため、その傾斜角度や径について何度も試作した。
このような内釜の形状、塗装の種類、メッキの厚みなど、試行錯誤の末、昔ながらの羽釜の原理を取り入れた構造の試作品が完成したのは2010年1月のことだった。

村嶋氏のお墨付きをいただく

村嶋氏試食宇都宮は、早速試作品を持って村嶋氏のもとを訪れた。しかし、炊き上がったごはんの評価は「力(りき)がない!」という厳しいものであった。社へ持ち帰り、改めてかまどの構造を調べ直し、試作品の改良を進めた。「横の火が弱い」「底の温度が低い」といった課題に取り組み、ひとつずつデータを修正していく日々が続いた。そして、村嶋氏から「力が出てきた」という言葉を引き出せたのは、リベンジを図った3回目の訪問時、2月末のことだった。

また、5月に実施された流通向けの新製品発表会。来場者へ「極め羽釜」で炊いたごはんを試食していただく機会があった。この日まで一ヶ月かけて、「白米ふつう」1メニューのみ炊飯フローを完成させていた。発売の試金石となる重要な舞台であるため、開発陣へのプレッシャーは大きかった。大阪会場には、げこ亭の村嶋氏も来場。試食コーナーで「極め羽釜」を試食し、「うまい!」と言ってもらい、宇都宮は心底ほっとした。「随分時間がかかったが、ここまでよう仕上げたな」と村嶋氏にも心から喜んでもらうことができた。

量産化の大きな壁 炊いた米は1トンを超えた

炊き上がり量産化に向け、本格的に開発が動き始めた。げこ亭での計測データをもとに炊飯フローを設計したが、ヒーター熱量が大きいため消費電力も高くなり、「おいしさ」を追求しながら「省エネ性能」をクリアするのは難門だった。しかも、メニューは従来機種の約2倍にあたる35メニューもある。ごはんがおいしく炊ける最適な温度を探すため、1日に何十回ものごはんの試食を繰り返す。ピーク時には試作品10台で1日7回ごはんを炊いて食べ続け、米1トン以上を費やした。
さらに肝心の羽釜の仕様が何度も変更したこともあり、フロー開発は難航を極めた。羽釜の形状が特殊なため、フッ素コーティングの加工では塗装性能が安定せず、何度も仕様を見直しては試行錯誤を繰り返した。また、羽釜の加工は工程が各工場に分散している上、技術的にも初めての試みとあって、想定を超える難題が相次いだ。第一事業部のメンバー総動員で各協力工場へ応援に向かい、生産現場で品質チェックや機械のメンテナンスなど、できることは何でもこなし、休日返上で自らラインに入って作業を行った。その甲斐あって何とか商品化までこぎつけた。
そして9月21日、全国で「極め羽釜」NP-SA10が発売された。

内釜の材質や質感だけでなく、その形状までも白紙に戻し、技術的なことだけでなく、開発の段取りまでも「ゼロからのチャレンジ」となった今回のプロジェクト。通常、製品の開発期間は1年ぐらいで目処がつくものだったが、今回は気が付くと1年半もかかっていた。象印のこれからを担う若手・中堅社員のアイディアと努力を結集し、ようやく完成した圧力IH炊飯ジャー「極め炊き」NP-SA10は、シェアナンバーワンの誇りをかけた象印のフラッグシップ商品として、新たな時代を切り拓く。

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開発担当者
後藤 譲 YUZURU GOTO(左)宇都宮 定 SADAMU UTSUNOMIYA(右)
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