セカンドチャンス福井 敦男 様 40代・男性/京都府 在住

 「明日から朝食はご飯にします!」 唐突に妻が宣言した。 
 えっ? 結婚以来、「炊き立てのご飯が食べたいから朝は和食がいい」と懇願した私の意見を一蹴し、「朝は面倒だからパンとコーヒーにします」と我を通してきたのは他でもない妻ではなかったか。 ははーん、またテレビか何かで聞き齧った情報を鵜呑みにして影響されているんだな、まったく単純なヤツだ。
 「いったいどうしたの?」一応訊いてみた。
 「東大現役合格者の多くが、朝は白いご飯を食べていたのよ」瞳を爛々と輝かせて妻が言う。トトト、東大?! 何でも、脳のエネルギー補給にご飯のブドウ糖は有効で、よく咀嚼して食べるという行為も記憶力アップに相当いいらしい。つまり、「子どもが賢く育つのよ」だそうだ。実際、テレビで放送され(やっぱり)、雑誌でも特集記事が組まれる程らしい。 
 おいおい、確かにうちの子は受験生だが、まだ小学五年生だぞ。中学受験を控えて、最近、地元の進学塾に通い始めたばかりじゃないか。第一、俺とお前の子どもだよ。あんまり早くから期待しすぎちゃ可哀想だよ――、と言おうと思った瞬間、口に出すのは止めた。 
これはチャンスだ。せっかく、妻がその気になっているのだ。せっかく「朝からご飯を炊く」と言っているのだ。あの手抜きの天才が…。こんなチャンス、もう二度と巡ってはこないだろう。逃すわけにはいかない。「だからね、せっかく朝からご飯を炊くんだから、どうせなら美味しい方がいいじゃない」 抜け目のない妻が、さっと最新式の炊飯ジャーのカタログを差し出してくる。
 「すべてはあの子の為なのよ!」と両の目を血走らせて続けた。 
 私は「最新ジャーは少々高額だから直ぐというわけにはいかないけれど…、まあ、仕方がないよね。あの子の為だもんね。そうだよ、朝はご飯にしよう。うん、絶対にそれがいいよ」と、ニヤケそうになる頬を噛み殺して相槌を打った。
 息子よ、すまん。頑張ってくれ。