ご飯粒1粒松本 由紀 様 30代・女性/東京都 在住

 祖母と祖父はケンカが絶えない夫婦だった。けれど、ひとしきり怒鳴りあったあとはケロリとしている。だから、一緒にいる家族も口論がはじまったら完全に無視していた。
 ケンカの原因は些細なことで、何事にも細かい祖父が洗濯物のたたみ方が汚いだとか、使ったものをなぜ元の場所に戻さないのか、と祖母にブツブツ言いはじめ、人より小さい堪忍袋の緒を切った祖母がキレる、というお定まりのパターンだが、当人たちは飽きもせず毎日繰り返すのだった。
 もっともケンカが多いのが食事時で、祖父は食べ方が汚い、音を立てるななどとイチャモンをつけ、最後には必ず「米粒を1つたりとも残すな」と祖母に言う。しかし、祖母は「そんなにチマチマ気にしられんな、男やろがい!あんたはケチなが!」とすごい剣幕で怒鳴り返す。
 この夫婦ゲンカは当人だけでなく、たまに他の家族にも飛び火するから始末に負えない。私も「おまえ、よそ見していないでちゃんと食え!」と一喝されたのも1度や2度ではないのだ。
 大切なお米を残さずに食べなければいけない道理は幼い私にもわかったが、祖父はおかずは平気で残すのである。主義一貫していない文句に、祖母が怒るのもわからないではない。
 そんな毎回うるさい食卓もある日突然終わった。祖父が食事中に「気分が悪い、頭が痛い」と言いだし、その晩病院で亡くなってしまったのだ。脳溢血だった。
 その場にいた祖母と母、私は救急車に乗り込んだため、夜中に病院から帰宅した時は家中の電気がつけっぱなしで、夕食がそのままテーブルに残っていた。後始末は自分がやるから、と言って祖母は一人台所にこもった。
 風呂上がりに祖母を元気づけようと台所をそっとのぞくと、しゃがんでいる祖母の背中が見えた。声をかけられなかった。
 祖母は薄暗い台所で、祖父が食べきることができなかったご飯を指先で1粒1粒つまんでは口に入れ、声を殺して泣いていた。