父の「おメガネ」平井 佐知 様 30代・女性/徳島県小松島市 在住

 その日、彼は緊張していた。初めて私の家で、両親を交えて食事をする日だったのだ。「将来の事をどう考えているのか」そう、迫られるかもしれない覚悟が必要だった。 
 初めての顔ぶれで囲む食卓には、私が半日がかりで作った料理、そして、母が炊き上げた、いつもの白いごはんが並んだ。少し顔を上げると彼女の両親、という状況で、彼はいつになく無口に過ごしていた。気さくな父なので、少しずつ緊張もとけ、最後の方は、笑顔も見られた。

父の「おメガネ」 イメージ

 私の部屋に行き、すっかり気が抜けた彼が、何気なく、こんな事を言った。「今日のごはんは、何が美味しかった?」との私の問いに、少し間をおいて一言、「・・・ごはん」と言ったのだ。意味がよく分からず、「え?全部っていう事?」と、再度問うと、「ほなけん、ごはん」と、やっぱり同じ答え。え?私が一生懸命に作った手料理をさしおいて、「白ごはん」っていう事?と、ムッとして、「信じれ~ん!」と、へそを曲げた。ショックが残り、翌日、その事を、父に伝えた。「一番、美味しかったのが、白ごはんや言うんじょ」と、グチのつもりで言ったのだが、父は、それを聞いて、上機嫌になった。「ほうか~」と、何度も言って、満面の笑顔であった。うちのごはんは、父が丹精込めて作った米。父は、自分の事を誉められたような気分になったのだ。こうして、彼は、父の「おメガネ」に、かなったのだ。

 緊張から、料理の味が分からなかったのではなく、「米が美味しい」というのは、彼の本心だった。街中で育った彼にとって、自然豊かな土地でとれた自家米は、本当に美味しく感じたのだ。いつも、当たり前に食べてきたごはんは、他人からは誉められる価値のあるものだと、初めて気付いた。
この時のごはんで、私は、彼の胃袋をつかみ、彼は、父の心をつかんだ。
今、彼は、私の夫になり、毎日、父の自慢のお米を食べている。