春の日に中村 尚子 様 50代・女性/岩手県 在住

 午前中からの緊張が、少し緩んだ。昼食の時間だ。三十二年前の春、その日は短大の受験の日だった。受験生達は体育館に移動して、昼食をとることになった。
 高校毎に固まって床に座り、みんなお弁当を開け始めた。緊張したままの面持ちの子や、ほっとした様子の子など様々で、静かな会話の中に、時折笑い声が聞こえた。
「どうだった?」
 友達の一人が口火を切ると、一斉にあの問題はこうだああだと話が始まった。他の子の答えを聞いては、みんな一喜一憂した。

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 私も話しながら、ゆっくりお弁当のふたを開けた。その瞬間、珍しいなと思った。白いご飯の上に、細く切った紅生姜が乱雑にのっていたからだ。
 裕福な家庭ではなかったので、高校時代に作ってもらっていたお弁当は、おかずの種類こそ少なかったが、母の愛情がこもっており、いつも綺麗に詰められていた。
 その時、向かいに座っていたS子が叫んだ。
「あっ。ガンバレ弁当だ!」
 驚いて顔をあげると、S子は私のお弁当を指差して、「ほら、ガンバレって書いてある。」と続けて言った。回りの友達も、お弁当を見るなり歓声をあげた。
 私は首を傾げながら、ゆっくりとお弁当を回した。すると、体育館のライトに照らされ、白く輝くご飯の上で、紅生姜は文字になった。
 ガンバレ。S子は羨ましそうに、いいなあを連発した。
「やだあ、もう。お母さんたら。」
 私は照れ隠しにそう言い、嬉し涙がこぼれそうになるのを堪えながら、お弁当を食べた。

 ガンバレ弁当のおかげで無事に合格し、楽しい短大生活を送ることができた。
 今でも炊飯器を開けて、炊き立てのつやつやしたご飯を見ると、ガンバレ弁当を思いだすことがある。今度は私の番と、長寿を願いながら、母の茶碗にご飯を盛っている。