「夢の教室」の前半は、体育館で行う「ゲームの時間」。まずは集まった児童たちにこの時間の感染症対策に関するルール説明。そしてその後、水分・塩分補充の大切さについてお話がありました。
「ゲームの時間」では、進行をするアシスタントから出題されるゲームの課題を夢先生の茂怜羅さんとみんなで協力して、チャレンジしていきます。5年1組も5年2組も、茂怜羅さんと作戦を立てて、難しい課題も最後までクリアできました。
自分の「好き」という気持ちを大切に
夢の教室の後半は、教室でトークの時間。茂怜羅さんとビーチサッカーとの出会いから夢をかなえるまでにどんなことがあったのかを聞き、子どもたちの夢について一緒に考えました。
ブラジルのリオデジャネイロで生まれた育った茂怜羅さんは、6歳の時、家の近くにビーチがあったことがきっかけで、ビーチサッカー教室に通い始めました。毎日の練習や試合が楽しく、どんどんビーチサッカーのことが好きになっていき、12歳の時に初めて、「プロのビーチサッカー選手になりたい」という夢ができました。
茂怜羅さんが14歳の時、サッカーの監督からも声をかけてもらい、ビーチサッカーと並行して、サッカー教室にも通い始めました。ビーチサッカー教室にも、サッカー教室にも通い、平日も休日も忙しかった茂怜羅さんは周りの友達が遊んでいるのを見て、自分も一緒に遊びたいと思ったこともあったそうですが、監督から「今頑張らないとプロの選手にはなれない」と言われ、自分を奮い立たせて、練習に励んだそうです。
一生懸命ビーチサッカーとサッカーの練習を続けてきた茂怜羅さんが16歳の時、ある大きな決断をしなければなりませんでした。それは「プロのビーチサッカー選手」の道と、「プロのサッカー選手」の道、どちらを選ぶかでした。どちらに進んでプロ契約を結ぶのか、茂怜羅さんはとても悩んだそうですが、自分が好きなことをずっと続けたいという思いと、いつも練習している海辺の雰囲気がとても好きだったこともあり、「プロのビーチサッカー選手」になることを選びました。
環境を変え、海外でビーチサッカーを始める
16歳からプロのビーチサッカー選手としての道を歩んだ茂怜羅さん。初めて出場した大会ではチームは優勝しましたが、自分は長時間試合に出場できず、悔しい思いが残りました。そこで、茂怜羅さんは自分も周りの選手と同じように長時間試合に出場できるようになるために、さらに練習を一生懸命頑張りました。すると、少しずつ試合に出られる時間が長くなり、活躍できる場面も増えていったそうです。
茂怜羅さんのチームでの活躍が目立ち始めた頃、ドイツのビーチサッカーチームから声がかかりました。家族や友人と離れなければならず、住む環境や練習をする環境も大きく変わるので、不安もありましたが、海外にはどんな選手がいるのか、どんな試合の雰囲気なのか、海外のビーチサッカーにとても関心のあった茂怜羅さんは、20歳の時に、所属していたブラジルのチームを辞め、新しい環境でチャレンジすることを選びました。
ドイツでは、初めての一人暮らしで、練習や試合が終わってから、自分で食事を作ったり、洗濯をしたり、試合では、ドイツだけではなく、ドイツの周りのヨーロッパの国々に行ったりと、たくさん初めての経験をしたそうです。
「日本人になる」という夢
ドイツでビーチサッカーをしていた茂怜羅さんに、次は日本から声がかかりました。また新しい環境でチャレンジしてみようと思った茂怜羅さんは、日本でビーチサッカーをすることを決断しました。
その頃の日本のビーチサッカーは、ブラジルやドイツに比べると弱かったので、自分もチームメイトと一緒に練習を頑張って、日本のビーチサッカーを強くしたいと思うようになり、さらに日本の環境や文化、食べ物などもどんどん好きになった茂怜羅さんは、「日本人になる」という夢ができました。そして、日本代表としてワールドカップに出て、今までお世話になった周りの人に恩返しをしたいと思ったのです。
日本国籍を取得するには、3つの大きなハードルがあります。①日本に5年間住み続けること、②日本語の読み書きや、日本語で会話がある程度できること、③試験に合格することです。チームメイトとまずはビーチサッカーについての言葉から一緒に勉強を始めました。また、日本の子どもたちと一緒に塾に通ったり、ドリルを使って日本語を自主勉強したり、ビーチサッカーの練習をしながら、日本国籍を取得するために毎日勉強も頑張りました。その結果、試験に合格し、日本国籍を見事取得できました。ブラジルの家族も喜んでくれたそうです。
日本代表として、ワールドカップ出場へ
日本国籍取得後、日本代表にも選ばれ、ワールドカップに出場できると思った矢先、ワールドカップの1週間前の試合でケガをしてしまいました。ワールドカップに出られるかわからなかったのですが、茂怜羅さんは、残り1週間ずっとリハビリに専念しました。その結果、日本人としてワールドカップに出場でき、ベスト8まで進むことができました。ビーチサッカーのワールドカップは2年に1回開催されます。茂怜羅さんは、これまで5回出場し、2021年のロシアで開催されたワールドカップでは、日本は決勝でロシアに敗れてしまいましたが、銀メダルを獲得しました。2023年のワールドカップでは金メダルを目指します。それが茂怜羅さんの今の夢だそうです。
「夢の教室」の最後には、茂怜羅さんから「あきらめない」、「チャレンジする」、「助け合う」の3つの言葉が子どもたちに送られました。辛い時でもあきらめずに。どんなことでもまずはチャレンジを。そして、チームメイトや友人と助け合う。この3つを意識していたからこそ、茂怜羅さんは自分の夢をかなえることができたそうです。
藤野さん
【将来の夢:トライアスロンコーチ】
「あきらめない」という言葉が印象に残りました。
走る練習や水泳の練習はもちろんですが、トライアスロンについての勉強も頑張ろうと思います。