6月5日(金)、和歌山県和歌山市立四箇郷北小学校にて、
第3回「ZOJIRUSHIユメセンサーキット2015」が開催されました。
夢先生は、石黒由美子さんが務め、3・4時間目(5年1組)と
5・6時間目(5年2組)に「夢の教室」を行いました。
「夢の教室」前半35分はゲームの時間。蒸し暑いこの日は、体を動かすゲームで子どもたちも汗だくに。ゲームが始まる前には、アシスタントの式田さんから水分・塩分補給の大切さについてのお話がありました。
最初のゲームは、チーム戦。残り時間のカウントダウンが始まっても、子どもたちはあきらめず、チーム一丸となって仲間を応援しました。ゲームの時間最後は、クラス全員でチームを組み、校長先生と勝負!勝つためにいろんな意見を出し合い、一生懸命頑張りました。石黒先生からは、どんなスポーツでもチームワークが大切!というお話がありました。
「夢の教室」後半55分はトークの時間。石黒さんのこれまでの経験を話したり、子どもたちと一緒に夢について語り合いました。
石黒さんは小さいころ交通事故にあい、目と耳が不自由になっただけでなく、記憶まで失ってしまいます。失意の中、治療を続けていた石黒さんでしたが、ある日テレビで流れていたシンクロの放送を目にして、一つの大きな夢を抱きます。それは「シンクロでオリンピックに出る!」というものでした。それからは夢に向けて、お母さんと二人三脚の日々を過ごしました。事故の影響で言葉を話すことができなかった石黒さんは、学校でいじめを受けるなどつらいことがたくさんありました。それでも、シンクロが少しでもうまくなるようにと毎日学校で人知れず練習を続けました。当初はまっすぐ泳ぐこともできなかった石黒さんですが、日々の努力が実を結び、ついには関西選手権で優勝を手にすることができたのです。
着実に夢に向かって歩みを進める石黒さんでしたが、中学一年のころに再び試練が訪れます。腎臓病という重い病気にかかってしまったのです。お医者さんからずっと寝たきりかもしれないと言われ、石黒さんは「もう治らない、オリンピックには出られないかもしれない。」とひどく落ち込みました。それでも、「オリンピックの選手になるんだから絶対に自分で治すんだよ」というお母さんの言葉を胸に、その後も練習を続け、高校二年生のときに全国選手権で二位になることができました。
当時、石黒さんの泳ぎは、「最初の30秒は断トツでうまいのに・・・」と言われていました。病気の影響で石黒さんには、最後まで泳ぎ切る体力がなかったのです。しかし、これを聞いた石黒さんは「病気さえ治れば必ず優勝できるはず!」と前向きに捉え、自信を持って泳ぐようになりました。そして高校三年生でついに日本代表に選出。しかも、信じられないことに、腎臓病という重い病気も克服していたのです。夢へと向かう強い気持ちは、自分を変える大きなチカラになると実感した瞬間でした。
シンクロで結果を出し始めた石黒さんですが、大学二年のときに大きな挫折を味わうことになります。この年は、アテネオリンピックの選考会がありました。補欠を含め9人が選出された中、石黒さんは10位と、あと一歩のところでオリンピック出場を逃したのです。石黒さんは大きなショックを受け、頑張ることが嫌になりました。しかし、それから立ち止まって考え直すうちに、石黒さんは自分がうぬぼれていたことに気がつきます。それからは、自分のためだけではなく、お母さんやサポートしてくれている人たちへの感謝の気持ちを忘れずに、また、「夢は必ず叶う」ことを証明するために、謙虚な気持ちで毎日の練習に励みました。そして迎えた、北京オリンピック選考会。石黒さんは8位で代表メンバーに選出されました。夢に見た、オリンピック。大会当日は、お母さんの誕生日だったそうです。これまでで一番の恩返しになった、これも必然だったんだと話してくれました。
授業の最後には、これまでのエピソードを振り返り、「夢は偶然叶うものではなく、必然的に叶う。自分でつかみ取るものなんだよ。」と子どもたちへ熱いメッセージが送られました。
古久保くん【将来の夢:野球選手】
夢はあきらめなければ必ず叶うということを学びました。
毎日コツコツと練習を続け、努力したいと思います。
山口さん【将来の夢:警察官】
努力をすれば夢は必ず叶うということを学びました。
恐れずに夢への道を突き進んでいきたいです。
雲出くん【将来の夢:宇宙飛行士】
どんな悲しいことも、頑張れば乗り越えられるということを感じました。
宇宙や星に関する本をたくさん読んで勉強したいと思います。
道尻さん【将来の夢:キャビンアテンダント】
ゲームがとても楽しく、授業では気持ち次第で夢は叶うんだということを学びました。
なんでも一生懸命頑張り、外国に行ってみたいです。