COLUMN

2023.04.26

SpecialCOLUMN

未来へつなぐ、私のバトン

子どもたちが地球環境に関心を持つ「きっかけ」を提供したい。海遊館だからこそできる環境教育のカタチ。

株式会社海遊館 普及交流チームマネージャー 川邉 由里子

大阪湾に面したベイエリアに位置する世界最大級の水族館「海遊館」。1990年の開館以来、30年以上にわたり近畿圏、日本国内はもちろん、海外からの観光客をも魅了し続けてきた人気スポットだ。

そんな海遊館は、海や海の生き物を基点としたSDGsや多様性に関するユニークな展示やさまざまな企画に取り組んでいる。普及交流チームマネージャーとして活動を牽引する川邉由里子さんに、海遊館ならではの多岐にわたる取り組みや開館当初から一貫して伝え続けているメッセージについて伺った。

生まれたときから海に縁。ラッコに導かれて人生が動いていった

「鎌倉という海が身近な環境で育ち、遊園地よりも水族館が大好きでした。高校生の時にある水族館で見たラッコに一瞬で心が奪われ、"将来はラッコの飼育員になる!"と心に決めました。」

その言葉どおり川邉さんは魚類の研究がさかんな国内の水産大学へ進学後、ラッコを飼育している水族館が近隣にあるアメリカ・モントレーの大学へ留学した。川邉さんのラッコへの情熱に触れた大学の先生の紹介もあり、幸運にも赤ちゃんラッコの世話をする保護プログラムに参加することができた。1年間の留学期間を終えて帰国後の進路を考えていたところ、ちょうど大阪に海遊館がオープンすることを知る。しかも、ラッコを飼育するという。モントレーの水族館などからの紹介状も助けになり、海遊館に入社できることになった。まさにラッコがつないでくれた縁だった。入社後は、ラッコのみならず多様な海の生き物に関わり、各種展示や教育普及活動に携わるようになる。

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森から展示が始まる水族館。約30年前の開館時から地球規模での生命のつながりを表現

川邉さんが入社することになった海遊館は、新しくオープンするというだけでなく、画期的なテーマの水族館として当時から注目を浴びていた。そのテーマは、太平洋を取り囲む"環太平洋火山帯(リング・オブ・ファイア)"と、多くの生き物たちが生息する地域"環太平洋生命帯(リング・オブ・ライフ)"というふたつの環(リング)が織りなす豊かな生命のつながり。環太平洋火山帯の活動により環太平洋生命帯に多種多様な生命が暮らすようになったことから、海遊館での展示も8階に位置する「日本の森」から始まり、川、海辺、海の中へと続いていく。それぞれの地域の自然環境をそのまま切り取ったような展示を巡るうちに、生物の多様性や生態系のつながりが自然と感じられてくる。

「近年は火山の噴火や数々の大震災などが起こったことで、地球が生きていて、私たちや生き物の生活環境に多大な影響を及ぼすことを多くの人が肌で感じるようになりましたが、開館当時は"水族館なのに火山?森や川?"といった反応も多く見られました。その頃は、森や川の生態系と海の生態系がつながりあい、影響を及ぼしあっていることはまだ社会的に認知されていなかったのです。それでも展示を通して、すべてのものが関わりあい、つながりあいながら生きていること、"すべてのものはつながっている"ということを伝えられると信じてこのテーマは開館以来30年以上、大切に守り続けてきました。」

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来館者に衝撃を与えたジンベエザメやウミガメから排出されたプラスチックごみの実物展示

2019年には海遊館のある大阪で「G20大阪サミット」が開催され、海洋プラスチックごみ削減の数値目標が初めて示された。人々の関心の高まりやサミットでの動向に呼応する形で、同年、海遊館は"未来の環境のためにできること"というコーナーを新設した。

北極海の海氷の減少や海の中を漂い続ける海洋プラスチックについてのパネル展示に加え、外洋からの保護後に亡くなったジンベエザメの胃から見つかったプラスチック製のくし、嘔吐物から出てきた複数のプラスチックごみの実物を展示している。

「展示に気づいたお子さんが、親御さんの手を引っ張ってプラスチックごみのところに連れてきてくれたり、若いカップルの方が展示の前で話しあってくれたりという光景を何度も見かけました。最近では学校でもSDGs教育がすすみ、特に若い世代を中心に海の環境問題への関心も高まってきていると感じます。」

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2021年からは二度にわたって、同じく外洋から保護し飼育していたアオウミガメが排泄したプラスチックごみの実物を展示した。

「保護したウミガメはエサをまったく食べなくて、逆に1か月以上にわたってレジ袋や食品の容器などのプラスチックごみを排出し続けたんです。その量はなんとバット一杯分。獣医の治療もあり幸いにも元気を取り戻したのですが、そのまま外洋にいたらどうなっていたかわからない。私たち職員にとってもとてもショッキングな出来事だったからこそ、ありのままを見せることが一番伝わると考えました。」

ウミガメが排泄したプラスチックごみをそのまま展示した反響は大きかった。「日々報じられている海洋プラスチックの問題はどこか嘘だろうと思っていたけれど、本当なんだ」という来館者の声もあった。

「ニュースや学校の授業などで見聞きしていた人にとっても、目の前に突きつけられる実物の力は強いのだと改めて実感しました。ウミガメを海に帰すまでの間は、元気になったウミガメが泳ぐ水槽の横でプラスチックごみを展示したので、より臨場感があったと思います。ありのままを見せると、ここまで伝わる。だからこそ、これからもしっかりと伝えることを大切にしていかないと。」

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オンラインやフィールド学習でも、子どもたちのキラキラとしたまなざしが輝く

川邉さんが"伝える"ことを大切にしている場は海遊館の中だけではない。オンラインやフィールドワークでも、子どもたちに海や海の生き物、環境について幅広く伝える活動を行っている。例えば、「謎解きエデュテイメント協会」という団体からの働きかけで「オンライン出前授業」を国内外の小学校で実施。謎解きゲームを活用しながら、子どもたちが楽しみながら海洋問題への理解、関心を深める手助けを行った。距離が離れていても工夫さえすれば伝えられるんだという貴重な経験になったという。

また、海遊館から飛び出して、隣接する大阪湾にて地元の中高生を対象に環境学習の支援も行っている。

「大阪湾に生息する海の生き物を調べたり、海苔養殖場を見学したり、干潟の保全作業をともに行ったり......。実際に現地に足を運び自分たちの目で見ることで、海と自然環境、人間の活動との関わりを感じてもらっています。岸壁や干潟の生き物の調査をするときなんて、みんな手はドロドロになりながらも、目はキラキラしていて。最近は水辺で気軽に遊べるような体験が減っているようなので、さまざまな機会を創出して子どもたちに身近な水辺や生き物と親しむさまざまなきっかけづくりを行っていきたいと考えています。」

この環境学習プログラムの第一期の卒業生は現在、二十歳前後。海洋系、水産系の大学に進学した卒業生が複数名いるという。日々の活動の積み重ねが未来への種になっていること、芽吹いてきていることは川邉さんのなによりもの喜びだ。

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次の30年を見据えた特別展「視点転展」が伝える多様性

未来を見据え、体験から学んでもらおう、感じてもらおうという考えは、現在海遊館で開催されている特別展「視点転展」(会期:2024年1月上旬まで予定)でも色濃く現れている。2020年に30周年を迎えた海遊館。次の30年を見据えた特別な企画を、というお題のもと海遊館内の部署横断でのプロジェクトチームが外部のクリエイターらと試行錯誤しながら、実に1年半以上の年月をかけて練り上げた渾身の展示だ。テーマは、「視点の多様性」。特定の生き物にフォーカスしてきた今までの企画展とは異なり、さまざまな海の生き物たちが見たり感じたりしている世界を疑似体験することで多様性を感じることができる体感型の特別展だ。

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プロジェクトチームの一員として企画の立ち上げから関わっていた飼育展示部の有元健悟さんが明かす。 

「"生き物は、それぞれ見ている、感じている世界が違う。違う視点に思いを馳せることで人はやさしくなれるのではないか"という発想からこの企画はスタートしました。」

従来にはない視点や発想を求め、伝え方の工夫を随所にちりばめながら、飼育担当者だからこそわかるマニアックな視点をも織り交ぜたワクワクするユニークな展示が完成した。木製のローラーを回しながらペンギン、フジツボ、クラゲと自分の感じ方の違いを比較できたり、同じ水槽を異なるレンズで覗くことで自分と生き物では世界の捉え方が違うことを感じることができたり......。さまざまな仕掛けを楽しんでいくうちに、自然と多様性を体感できる展示にあふれている。老若男女の来館者が展示を思い思いに体感している姿がそこかしこで見られた。

「単純な展示ではないので、どこまで意図が伝わるか、感じてもらえるかは未知数でした。でも、見学する人々のイキイキとした反応や、欄外までびっしりと書かれたアンケート用紙、"人もみんな違うんだと思った"という核心をつく感想などを見て、人によっては非常に刺さる展示になっていると手応えを感じられました。今回の特別展を通して自分の中でも視点の転換ができ、これからも新たな切り口での企画にもチャレンジしたいという意欲が湧いています。」

充実感にあふれた有元さんを笑顔で見守りながら、川邉さんも続ける。

「海の生き物の中には、1つの体の中で雌雄同体(編注:雄の生殖器官と雌の生殖器官を一個体に持つもの)だったり、途中で性転換する生き物がいたり、雄だけで子育てをする生き物がいたりします。近年社会で話題になっている性の多様性も、海の中では太古から"当たり前"だったりするんです。そんな海の生き物たちの姿から、これからも人間が学べることはたくさんあると思っています。」

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楽しい!の中に学びや気づきを。多彩な人とつながりあい、進化する海遊館へ

同僚たちが創りあげた「視点転展」からも大いに刺激を受けたという川邉さんに、今後の海遊館の展望を聞いた。

「これまでの30年間で大切にしてきた "すべてのものはつながっている"というメッセージはこれからも守り、伝え続けます。その上で、今回の"視点転展"のように、より自由な発想で海遊館だからこそ発信できることを模索し、進化していきたいですね。そのためには、社会環境の変化やニーズに敏感でなければいけません。自分たちだけで完結するのではなく、研究機関、学校、クリエイター、来館者の皆さま......さまざまな人々と学びあいながら一緒に育っていくことができる海遊館に進化していきたいです。コロナ禍でオンライン活用の可能性にも気づけたので、さまざまな事情があって海遊館に足を運べない人や海外の人々に対しても発信していく方法を探していきたいです。また、社内でもエコにつながる取り組みを意識していきたいと思っています。30周年時には象印マホービンさんに製作いただいたオリジナルのマイボトルを職員全員に配布し、ウォーターサーバーを各エリアに設置。今ではペットボトルよりもマイボトルを持参する職員の方が多くなっています。その他、ミュージアムショップの買い物袋をプラスチック製から紙袋に変更したりと、できることからはじめています。これからも環境に配慮した取り組みを行い、発信もしていきたいですね。」

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川邉さんには、普及交流チームマネージャーとしてさまざまな人に向けて海遊館や海、生き物について伝える立場にあるからこそ、こだわっていることがある。

SDGsや海洋プラスチック問題など、ともすれば深刻になりがちです。でも、海遊館は自然科学への敷居を低くし、関心を持つきっかけがある場所、気軽に親しめる場所であり続けたい。だからこそ、どんなテーマであれ楽しみながら学べることを大切にしていきたいんです。楽しい!の中にどう学びや気づきを織り込んでいけるか。そこにはずっと、こだわっていきたいですね。」

「海遊館は私にとって宝物のような水族館なんです」と終始ニコニコと語ってくれた川邉さん。地球規模の環境変化が起こり、海の環境問題への人々の関心も高まっている時代だからこそ、生きている地球の姿を見せる唯一無二の水族館である海遊館が発信できるメッセージは、より一層大きな意味を持つだろう。楽しみやワクワクの中からどんなことを未来の子どもたちに伝えてくれるのか。海遊館のこれからにも目が離せない。

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川邉 由里子(かわべ ゆりこ) 
1991年海遊館に入社。飼育展示部にて、普及啓発業務、海獣飼育業務を担当。総務チームに10年勤務後、2018年7月~飼育展示部 普及交流チームへ戻る。以降、海遊館の各種普及啓発活動を中心に、環境やSDGsに関連した展示や普及、大阪湾の保全活動などに力を入れている。


*プロフィール、本文等、内容については2023年4月取材時のものとなります。
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