COLUMN

2023.07.07

SpecialCOLUMN

未来へつなぐ、私のバトン

大学生ならではの"自分ゴト"の環境配慮を引き出す、中野先生のまなざし。

甲南女子大学教授 中野 加都子

神戸市東灘区にキャンパスを置く甲南女子大学。「清く 正しく 優しく 強く」を校訓に自律した女性を育む教育を実践している同学は、SDGs教育にも力を入れている。神戸市や象印マホービンとも産学官の連携をしながら同学の環境教育を牽引しているのが、人間科学部生活環境学科教授の中野加都子先生だ。

中野先生の研究活動の歩みや指導するゼミの活動をひもときながら、教育活動で大切にしていることや、学生ならではの発想を取り入れた新しい環境配慮の在り方について伺った。



リサイクル方法のラベル表示を行う提案が、世の中と人生を動かす

環境計画、リサイクル、LCA(ライフサイクルアセスメント※)分野の研究における第一人者である中野先生。甲南女子大学で教鞭をとる現在に至るまでに訪れたさまざまな出会いや転機が、研究活動や教育活動の方向性に影響を与えてきた。キャリアのはじまりは、大学卒業後に勤めた工業技術研究所だった。

※商品の環境に与える影響を、資源の採取から、加工・販売・消費を経て廃棄にいたるまでの各過程ごとに評価する方法。(デジタル大辞泉より)


「研究所では、調査結果などの細かい数値と格闘しながら環境分野、リサイクル分野の緻密な研究を行っていました。そんな日々の中で、数字を追うことも大切だが、それ以上に具体的な仕組みがあった方がリサイクルは推進されるのではないかという思いが湧き上がるようになりました。ちょうどその頃、日本経済新聞社等が主催する"21世紀地球賞 地球環境論文コンペティション"という論文コンペがあることを偶然知り、自分なりの構想を論文にぶつけてみることにしたのです。」



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論文コンペに応募した1991年当時は、製品の容器などを循環利用していくべきだという論調は世の中に出始めていたものの、具体的な方法は確立されていなかった時代。製品に原材料だけでなく使用後の処理方法などの情報をラベルで表示し、リサイクルをしやすくするという方法を提案した中野先生の論文は、コンペで見事第1位を受賞した。実はこのコンペは、当時の環境分野では最大級のものだった。中野先生の論文は大きな反響を呼び、後々にラベル表示の法制化に大きな影響を及ぼすことになる。さらに、論文の受賞パーティーで東京大学の教授と出会ったことをきっかけに、本格的にLCA(ライフサイクルアセスメント)研究を行うことになった。原料採取からリサイクルを経て処分に至るまで、製品が一生のうちに排出するCO2などの環境負荷の数値を計算して"見える化"するというLCAの分野は、中野先生が論文執筆時に考えていた「使用後のこと」も含めて環境への影響を考える新しい学問。この研究によって工学博士号を取得し、研究者としての原点が築かれた。同時に、研究者の世界の中で語られる「数値」だけではなく、生活の中に溶け込んだ形で実践される環境対策に大きな意味を見いだした。



ドイツ人研究者との出会いで、地域に合った環境対策の大切さを解明

東京大学で工学博士号を取得した後、神戸山手大学の助教授(当時)となった中野先生に再び大きな出会いが訪れた。ドイツに本社がある世界最大の化学会社BASF出身の優秀なドイツ人研究者が来日し、中野先生と同時期に同学の教授職に就いたのだ。


「当時、日本では"環境分野はドイツを見習え"という風潮が顕著でした。そこで、ドイツ人の先生とともに環境分野における日本とドイツの比較プロジェクトをはじめました。その研究は10年以上続け、5冊の本を出版。その中で明らかにしたのは、日本には日本の、地域特性に見合った環境対策が必要だということです。例えば、ドイツではペットボトルのリユースが盛んですが、それは中身のほとんどが無色無臭の水だったからできたことです。日本で多く販売されているペットボトルのお茶の場合、色素や臭いがペットボトル内に残りやすいため、リユースには不向きなのです。」



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このような提言は、日本のリサイクル、環境施策に大きなインパクトを与え、出版した本のうち1冊は「著作賞」も受賞した。そして、全国に講演で呼ばれたり、多くの自治体や官公庁で環境関係の委員を任されることになった。地域ごとの環境施策の取り組みを推進するために全国を飛び回っていた多忙な日々の中、珍しく大学の研究室にいたときに転機が訪れた。甲南女子大学から生活者の視点で環境を考える学科で教えてもらえないか、というオファーの電話が鳴ったのだ。


「学科名は"生活環境学科"。つまり、生活に基づいた観点での環境教育を行うことが任務だったので、自分の中で焦点がぴたっと合いました。数字や学者の世界だけではなく、普段の生活の中で人々が実践できる具体的な環境対策を重視してきた私だからこそ、教えられることがあると思ったのです。」


産学官連携プロジェクトやゼミ活動での気づき

予想どおり、中野先生が論文執筆や研究活動の中で重視してきた、生活に根ざしたり、地域特性を考慮した環境施策を大切にする考え方は、甲南女子大学での授業やゼミ活動を通じて学生にしっかりと伝わり、浸透している。例えば現在、一部のゼミ生が研究をすすめているのは「白湯をマイボトルに入れて持ち歩くライフスタイルによるマイボトルの促進」というテーマだ。 


「単に環境のためにペットボトルではなくマイボトルを使おうと呼びかけても、若い人の生活の中に取り入れられる具体的な提案にはならない。そこでゼミ生たちは、モデルや芸能人など憧れられる存在の人々が、ダイエットや健康のために白湯を持ち歩いていることに着目しました。白湯を理想的な温度で持ち歩くにはマイボトルが適しているから使用を促しやすいのではないか、と考えて調査をすすめています。」


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テーマを考えたのは学生たち自身。中野先生が提言してきた生活の中で実践できる具体的な環境配慮の大切さが、学生たちにも受け継がれているのだ。2021年には、神戸市、象印マホービンと産学官連携で「神戸、イマどき、マイボトル。」という生活の中にマイボトルを取り入れることを啓蒙するプロジェクトを実施した。


「プラスチックごみの増加という問題を抱えていた神戸市とマイボトル推進の取り組みを考えたときに、おしゃれなイメージのある神戸という地域特性を生かして啓蒙することがよいという方向性が決まりました。そして、外部からおしゃれなイメージを持っていただくことが多い本学と、マイボトル推進のフロントランナーである象印マホービンさんが連携することになりました。」


プロジェクトでは、象印マホービン製のマイボトルを甲南女子大学の学生が神戸の街並みの中で持ち歩いたり、カフェで給茶や給水をしたりしている様子を映し、"マイボトルを持ち歩くライフスタイルがかっこいい"ということを啓蒙する動画を制作。その他、学生が調査を実施したマイボトルにまつわる研究結果や、マイボトルを生活に取り入れる学生ならではのアイデアを紹介するコンテンツを特設サイト上で公開した。


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「神戸、イマどき、マイボトル。」特設サイト


「神戸だから、本学だからという地域特性を生かした試みだと思います。また、象印マホービンさんからボトル製品を提供いただいたことをきっかけに、本学ではマイボトルを持ち歩く学生が増えました。撮影に参加した学生にいたっては、半数いたペットボトル派の全員がマイボトル派になったんです。実際にボトルを使ってみると、意外に重くないし扱いも楽、デザインも洗練されているし、経済的にも助かる。そんなことを実体験として学生が感じて、自発的に持ち歩くようになっているようです。このプロジェクトに参加した学生たちは、今やマイボトルのアンバサダーのようになってくれていて、新聞社からの取材にも堂々と自分たちの言葉でマイボトルのよさを語っていました。体験したことは"自分ゴト"になり、ポリシーにまでなるのだと私も勉強になりました。」



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このプロジェクトで象印マホービンとの縁も生まれ、中野ゼミの学生たちは毎年、象印マホービンの「まほうびん記念館」を訪れている。記念館での見学や社員へのインタビューを通じてマイボトルなどへの理解を深めているのだ。そもそも、2020年時点でも甲南女子大学の学生の大学へのマイボトル持参率は約73%と非常に高く、約4人に3人がマイボトルを持参している。持参理由で最も多かったのは「節約できるから」だった。


「本学の学生たちは華やかなイメージを持たれがちですが、経済的センスもあるし、無駄なものにお金を使わない堅実さもあるんですよ。だから、マイボトルでも"節約できる"というキーワードがすんなりと受け入れられているのかもしれません。」


さらに、海洋プラスチックごみ問題について「知っている」と回答した同学の学生は約71%、「聞いたことはあるが詳しくは知らない」は約29%で、「知らない」と回答した人はいなかった。この関心の高さは、どこからくるのだろうか。

「それぞれの学部、学科でSDGsや海洋プラスチックごみ問題をテーマにした授業を設けています。さらに生活環境学科では、各ゼミの専門性を生かしたSDGs活動を行い報告書にまとめて冊子として学生たちに配布しました。私のゼミでは"おふろ"に入ることによって身体をあたため、暖房によるCO2削減を図ることを目的に、地域の子どもたちに向けてイベントを実施したことを報告しました。他のゼミでも衣食住やスポーツ、自然分野など、それぞれの専門分野からアプローチしています。他のゼミの活動を目にすることによって新たな視点でSDGsを考え、実践するきっかけを与えられたらなと考えてはじめた試みです。」


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「先生、今日のワンピースかわいい!」。ゼミでは自然と中野先生を学生が取り囲み、笑顔が絶えない。そして、ゼミ生たちが思い思いに自分の言葉で自分の考えを語り、中野先生や他のゼミ生たちが受けとめあう心地のよい空気が流れている。世代の離れた学生たちに対し、いかに心を通わせ、環境分野についての学びを伝えているのだろうか。


「今の学生たちは強制、啓蒙されることが嫌いです。けれども、実は心の中ではしっかりと問題意識を持ち、自分なりの考えやアイデアの種を持っている。そんな彼女たちだからこそできる研究を後押ししたいと思って接しています。」

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中野先生は、「ナッジ(nudge)」という行動変容を促す手法が今の学生に親和性が高いと考えている。これは、床に足あとや線をわかりやすく記載しておけば、指示をしなくても人々が自発的に整列してくれるようになったという事例などで有名な、「そっと後押しをする」という意味の行動科学的アプローチだ。さりげない、押しつけがましくない、という点でのアプローチは現代の学生には相性がよく、各自が自分たちの世代に受け入れやすい方向性でうまくテーマを見つけてくれている、と中野先生はほほえむ。


「正面から切り込んでSDGsとは?地球温暖化とは?という講義だけをしても学生たちには響かないので、学生たちが実際に見たり経験したりしたであろう、暮らしの中の身近な例を足がかりに話をすることを心がけています。いかにも"意識高い系"に見えるものは、今の学生には受け入れられないのです。例えば、マイボトルの持参を呼びかけるポスターをゼミで数種類制作して本学の学生にどのポスターがよいかを選んでもらう調査をしましたが、SDGsや環境問題を真正面から訴えたものではなく、情報量を極力減らして、シンプルに"くらしの中にマイボトルを。"と表現したポスターが最も高い評価を得ました。私はこのシンプルさに驚いたのですが、学生たちはこの結果に納得していて、今でも学内のいたるところにこのポスターが掲示されています。」


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学生たちをあたたかく見つめ、その感覚や感性を理解した指導を行う中野先生は、何よりも、彼女たちの実体験から生まれる問題意識や気づきを尊重している。


「例えば、飲食店でアルバイトをしている学生は食品ロスについて身をもって問題意識を感じています。日々食べ残しや期限切れの食品が廃棄されているのを目にしているからです。一方、一個人としては"インスタ映え"する飲食物が、ときには食べられずに廃棄されていく現状を知りながらも、そのような画像を好奇心で見ている。そういう食品ロスをされる側、する側どちらにもなり得る世界の中で生きている葛藤の中から、食品ロスというテーマに関心を抱き、追求している学生もいます。これからも授業では地球全体の危機的状況は伝えながらも、ゼミ活動などでは学生たちが自分で気づき、"自分ゴト"として実践していけるような学びを引き出していきたいですね。甲南女子大学らしく、おしゃれで、さりげない方法を大切にしながら。」


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中野 加都子(なかの かづこ)

大阪市立大学生活科学部卒業後、関西大学工業技術研究所研究員を経て、1997年に東京大学で工学博士号取得。現在、甲南女子大学学長補佐、人間科学部生活環境学科教授。専門は環境計画、リサイクル、LCA(ライフサイクルアセスメント)。兵庫県環境審議会、神戸市環境保全委員会ほか多数の政府、官公庁の環境関係の委員を歴任。共著の「先進国の環境ミッション―日本とドイツの使命―」で「著作賞」(平成22年、廃棄物資源循環学会)、神戸市環境功労賞(平成28年、神戸市長)、環境大臣賞(平成29年、環境大臣)など受賞。


*プロフィール、本文等、内容については2023年5月取材時のものとなります。
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