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象印が東京農業大学とごはんのおいしさを追求するワケ

かまどの炎のゆらぎを再現した「炎舞炊き」に代表される炊飯ジャーを開発する象印マホービン(以下、象印)。独自の技術で他社とは異なる構造や炊き方などを搭載し、常に炊飯ジャーの中でもトップクラスの人気を誇っている。そんな同社の“ごはん”にかける想いは熱く、深い。2005年から東京農業大学と協業し、科学的なアプローチで「おいしさ」を追求している。協業の経緯や成果について、東京農業大学の応用生物科学部 農芸化学科 食科資源理化研究室 辻井良政教授に聞いた。

author: 石井和美 date: 2023/01/25
※本記事の内容は、取材日時点の情報です。

「おいしい」の謎を解明する

東京農業大学 応用生物科学部 農芸化学科 食科資源理化研究室・辻井良政教授

象印は1970年に「電子ジャー」を発売し、時代ごとに移り変わる「ごはんのおいしさ」を求めて、技術的にもさまざまな挑戦を行ってきた。例えば、対角線上にある複数の底IHヒーターを同時加熱し、部分的な集中加熱を繰り返すことで激しい対流を生み出す「炎舞炊き」など、他にはない構造は評価が高く、特許も取得するなど業界をリードしてきた。

以前はおいしさの評価について社内のみで行っていたそうだが、それでは炊飯ジャーに関わっている担当者の嗜好で善し悪しが決まってしまうため、象印は客観的に第三者からの評価や科学的なアプローチをする方法について検討を開始。2005年に東京農業大学と協業を始めた。

もともと東京農業大学に依頼する前は、外観、香り、味、粘り、硬さなどを人が点数をつける官能試験での定性的な評価を長い期間行っていた。一方でごはんのおいしさは、硬さや柔らかさといった食感が大きな役割を占めることは分かっていたので、そうした「物性値」と呼ばれる定量的なデータをどうしても取りたかったそうだ。 実際にごはんを食べる際は温度が高い状態のため、炊きたての状態で試験する必要がある。しかし、当時は温かい状態で計測する手段がなく、客観的なデータを取ることができなかった。そこで、さまざまな研究機関や大学を探した。 その結果、東京農業大学の研究内容を知り、共同研究を行うことに。同大学の農芸化学科 食科資源理化研究室の辻井良政教授は「食」についての知見が多岐にわたり、さまざまな角度から研究を行っている。

ごはんのおいしさをアカデミックに解明する

辻井教授:象印さんと取り組みを始めたのは2005年。象印さんはメーカーなので、電気の回路で制御する方法や炊飯フローなど、工業的なところは熟知されていましたが、当時は食品のメカニズムについては勉強中という状態でした。

お米の成分はどの品種も基本的には同じです。ただ、品種によって味は異なるので、例えば「なぜコシヒカリはおいしいのか」という、味覚に対するアカデミックな理由を解明しています。

辻井教授:また、炊き方によってもごはんのおいしさは変わってきます。象印さんとは圧力IH炊飯ジャーが今ほど主流ではなかった頃から協業をスタートしましたが、実際に圧力をかけて炊くと何が変わるのか、当初はよくわからない状態でした。圧力を使った時と、IHやマイコンタイプの炊飯ジャーで比較しながら、変化の違いなども調査しました。

炊飯中は、お米に含まれる成分で化学変化が起きます。化学変化が起きないとごはんとしておいしく食べることができません。そういった化学変化が適切に行われているかどうかを見るために、象印さんからの依頼を受けてさまざまなデータを解析し、そのデータを提供しています。

お米は加熱することで別の化合物になる。
不明な成分は多い

お米は品種や年ごとによって出来が変わるので、計測当初はデータを取る方法自体の試行錯誤が続いたそうだ。そこで象印では試験結果のブレを最小限に抑えるため、同一産地、同一銘柄で分析を行っている。また、ごはんの物性値については一粒なのか、集合体なのか、さまざまな条件で試験を繰り返し、適正な方法を見つけ出した。

ごはんには1000や2000といった想像できないぐらいの化合物が含まれているが、それはお米に含まれる化合物が、炊飯中の化学変化でさまざまな化合物に変化したものも含まれ、今もまだすべては解明できていない。お米を加熱してごはんになった時には、新たな化合物ができていることもあるという。 現時点で判明している200ほどの化合物からごはんの味覚についてデータを蓄積し、象印と共有している。おいしさには明確な基準はないので、象印の炊飯ジャーとしての特徴を打ち出すために粘りや硬さ、成分などの評価を行い、前年と比較している。

コストをかけてもおいしさを追求する

データに基づいておいしさの基準となる炊飯フローを決めるのは、あくまでも象印だ。甘さがアップしていても、弾力や噛み応えなどの物性値が下がってしまったらおいしいとは言えない。

「ここ数年求められる傾向は『粒立ちのよいごはん』で、以前よりもしっかりした噛み応えのあるごはんが好まれている」と辻井教授は語る。東京農業大学のデータと象印社内の官能試験を繰り返しながら、象印が追求する究極のごはんを目指して、常にハードやソフトを見直している。

炎舞炊きで炊いたごはんは、象印で最高峰の粒立ちと甘さを誇っている

象印の「炎舞炊き」(NW-FA型)は、6つの底IHヒーターが特徴だ。縦横無尽にお米を舞い上げ、ふっくらとした粒感と甘み成分を引き出せるようになった。さらに、本体は昨今のトレンドもあり、よりコンパクトな形状に。その裏では、部品や配線など緻密な設計で配置するため手作業が多くなる。 そのため、製造ラインはプロフェッショナルな知識と技術を兼ね備えた従業員を認定する「生産マイスター制度」を導入している。品質や指導、生産性に精通し、試験により認定されたマイスターが担当しており、さらに製造工程が複雑であることからエントリーモデルと比較するとかなりコストがかかっている。 また、メーカーによっては銘柄に合わせた炊き分けを採用しているところもあるが、象印ではあえて家庭ごとの好みに応えて炊き分ける方法を取り入れている。121通りの炊き方で好みの食感に調整できる「わが家炊き」は、前回炊いたごはんの味について、「かたさ」「粘り」の項目から「やわらかかった」「かたかった」などのアンケートに答えるだけ。操作がカンタンで、手軽に設定できるところも人気だ。このプログラムについても、東京農業大学との連携の中で生まれている。

では、なぜ銘柄ではなく家庭の好みに合わせて炊き分けるのか。それは同じ銘柄でも品種や年ごとによって出来が変わり、同じ銘柄でも人によって好みが異なるからだ。「このお米にはこの炊き方!」と答えを提示するのではなく「いまのあなたにはこの炊き方が合いそう」と一緒に好みを探ってくれる炊飯ジャーだと言えるだろう。

「おいしさ」は現時点で完璧ではない。
もっとおいしくできる

30年前の炊飯ジャーと今の炊飯ジャーで炊いたごはんを比べたら、誰が食べてもおいしさの違いを感じられるだろう。しかし、1年前の炊飯ジャーと比較するのは難しい。それを象印が正確にできるのは、味覚や物性値などの定量化を日頃行っている成果であり、そういったデータは東京農業大学との連携があるから実現できている。地道な研究を続け、知識を積み重ねてきたことにより、現在のおいしさに到達したのだ。

味が濃く、つややかで、しっかりと甘さを感じられる「炎舞炊き」のごはんは、実際に食べてみると感激する。すでに理想の味だと思えるが、「今はまだ完璧なおいしさとは言えない」と象印の開発責任者と辻井教授は口を揃える。 食のトレンドや好みの変化に合わせていく必要もあるため、誰もがおいしいといえる炊飯ジャーの開発へのあくなき探求はまだまだ終わらない。

※2022年12月取材時点の情報です。 / Photo:下城英悟

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