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ごはんの可能性を伝えるために生まれた「象印食堂」

象印マホービン(以下、象印)といえば、かまどの炎のゆらぎをヒントに開発された高級炊飯ジャー「炎舞炊き」をはじめとするキッチン家電や、ポットやケトル、ステンレスボトルといった家庭用品のメーカーとしてイメージを持っている人も多いはず。しかし、そんな象印が飲食店を手掛けているのをご存知だろうか。1970年に電子ジャーを発売して以来、半世紀以上ごはんに対して本気で取り組んできた象印が運営するお店には、どのようなこだわりが詰まっているのか。象印食堂の店舗運営に携わる北村充子さんに、栄養士・料理研究家の藤原奈津子さんが話を聞いた。

author: 伊森ちづる date: 2023/01/20
※本記事の内容は、取材日時点の情報です。

期間限定レストランから始まった象印食堂

「象印食堂」は、製品プロモーションの一環として2016年に期間限定のポップアップレストランとして営業を開始。その人気から、「10万円を超える高級炊飯ジャー『炎舞炊き』のおいしさを一人でも多くの方に楽しんでいただきたい」という思いで、2018年に大阪・なんばスカイオに常設店としてオープンした。2023年2月7日には東京・KITTE丸の内に「象印食堂 東京店」の出店を予定している。

そんな象印食堂のカウンターの奥には、同社製品の圧力IH炊飯ジャー「炎舞炊き」がずらりと並び、ランチタイムが近づくとフロアに炊き上がったごはんの良い香りが広がる。この象印食堂の立ち上げに抜擢されたのが、象印マホービン 経営企画部 事業推進グループ長の北村充子(きたむら みちこ)さんだ。

栄養士、料理研究家の藤原奈津子(ふじわら なつこ)さんは「象印食堂」で初めて食事をした時、味付けやメニュー構成から「象印は本気で飲食店をやろうとしている」と感じたという。今回のインタビューでは「米食に対する思いや、メーカーとして100年の歴史を誇る同社がなぜ飲食店を始めたのか、ぜひ聞いてみたい」と話す。

象印マホービン 経営企画部 事業推進グループ長・北村充子

栄養士、料理研究家・藤原奈津子

藤原:象印食堂に携わる前は製品の開発、研究をされていたそうですね。

北村:はい。商品企画に携わり、中でも新規商品の開発に関わることが多かったです。炊飯ジャーには携わったことはなかったのですが、新しいことをプロデュースするのに向いていると思われたのかもしれませんね。

藤原:北村さんは飲食業も炊飯ジャーに関わるのも未経験とのことなので、きっと新しい視点を期待されたと思います。北村さんとしては象印食堂立ち上げの際、どんなことを重視されましたか?

北村:炊飯ジャーを作っているメーカーはたくさんあり、どのメーカーも自分たちが作った炊飯ジャーで炊いたごはんが1番おいしいと自信を持っています。でも、種類が多くてお客様はいざ買おうとすると迷いますよね。やはり炊いたごはんをおかずと一緒に食べてこそ、ごはんのおいしさは分かると思うんです。

メーカーとして自信を持って作った炊飯ジャーで炊いたごはんの本当のおいしさを知っていただくには、こういう場でおかずと一緒に召し上がっていただく体験をしてほしいと思いました。常設店オープン前の期間限定での営業の際はメニューが1種類で、ごはんを3種類から選べるという形式でした。「おかわり自由」は今と変わりません。常設にするにあたってメニューのバリエーションを増やしました。

藤原:ごはんのおいしさって、おかずとの相性やシチュエーションに影響を受ける部分もあります。こうして御膳でいただくと、おかずごとにごはんの表情も変わるような気がします。

銘柄ではなく、お米本来のポテンシャルを引き上げる

北村:象印食堂では五つ星お米マイスターの金子真人さんに「炎舞炊き」用のお米をブレンドしてもらっています。大粒の高品質米を1%刻みで調整して、炊き上がった時に真っ白でツヤが良いごはんを目指していただきました。ごはんを味わう時に、味だけでなく見た目も大切ですからね。

藤原:今お米はいろいろな銘柄がありますが、あえてブレンド米にしたというのは、銘柄に左右されず「炎舞炊き」で炊いたごはんの食感やおいしさを感じて欲しいという思いもあるのでしょうか。

北村:まさにそうです。「炎舞炊き」はお米本来のおいしさを引き出そうとする炊き方なので、普段のおいしさを100だとすると、それを120にも130にも引き上げておいしく炊き上げる製品と考えています。それを感じていただきたいです。

藤原:「象印食堂」ではどのようなお米を食べられるのでしょうか。

北村:毎日炊いているお米は3種類で、そのうち白米が2種類。我々が自信を持っておすすめする、おいしさの基準である白米「ふつう」と、食感を「もちもち」または「しゃっきり」に設定して炊いた白米「炊きわけ」を用意しています。もう1種類は「健康応援米」として、玄米などの栄養価の高いお米を月替わりで提供しています。

藤原:「象印食堂」のメニューは全部が御膳スタイルですよね。ランチの時間帯なら、丼ものや定食なども考えられそうですが、主菜のほかに小鉢がたくさんある御膳スタイルにしている狙いを教えてください。

北村: 来店されるお客様は「高級炊飯ジャーで炊いたごはんってどれだけおいしいんだろう」という期待感があり、さらに「きちんとした食事をしたい」というお考えの方が多いように感じます。そこで栄養バランスが良く、ごはんに合う和食のおかずをいろいろ用意しました。基本は野菜で、タンパク質を多く含む食材を加えています。味付けは塩味、酸味、出汁の含ませ方など、御膳の中でおかずの味が重ならないように味の組み立てを変えています。特に出汁の使い方は意識し、食材の芯まで味を染み込ませてうまみを感じるように仕上げています。

藤原:取材前に一番人気の「象印御膳」をいただいた時に、その思いを感じました。小鉢ってどうしても似たような味になりがちですが、バランスや味のトーンが違うので驚きました。淡く多彩な味ですごく面白みがあります。こういう味の組み立てを体験して、これはただの家電のプロモーションではなく、飲食専門店として本腰を入れていると感じたんです。見た目も華やかですよね。

北村:ひと目見たときに「おいしそう!」と思っていただけるよう、御膳全体をデザインしています。お客様から「ごはんもおいしかったけど、おかずもおいしかったわ」って感想をいただいた時はうれしかったですね。

おいしく見えるよそい方、照明にもこだわり

藤原:メニューを見たときに御膳は1980円(税込)からと、日常的に利用するランチとして考えると少し価格帯が高めという印象を受けました。当初はもっと手頃な価格のメニューもあったそうですが。

北村:お客様の様子をみていると、デイリーで使うというよりは、ちょっといいものを食べたい時やお友達と楽しいひとときを過ごしにいらっしゃるお客様が多いことが分かりました。そこで私たちも、もっとゆっくりとした食事の時間を楽しんでいただけるものを作っていこうと今のメニュー構成になりました。メニューは年4回、季節ごとに変えています。毎回コンセプト作りをして、テーマを決めて、試食会をした上で変更しています。また店内もくつろげるよう、白木と藍染めで明るい雰囲気のインテリアにしています。

藤原:食事として品数とボリュームがありますし、大切にゆっくり食べたくなります。味付けが濃いと途中で飽きてしまいますが、味も食材も種類が多いため、楽しくておかわりしたくなります。実際、私も5杯いただきました(笑)。

北村:象印食堂で基準にしているお茶碗は1杯約80gなので、女性でもみなさん3杯くらいは召し上がりますね。

藤原:80gというと、普通のお茶碗の半分くらいですよね。でも見た目がふっくらしているからか「少ない!」とは感じませんね。

北村:浅めで広口のお茶碗にふんわりと、しゃもじに載せたごはんをスライドさせるようなイメージでよそいます。しゃもじをひっくり返さず並行に移動させるのがコツです。米粒をつぶさずに盛りつけられるのでご家庭でもオススメですよ。当店のスタッフは、ごはんのよそい方も研修で練習します。店内照明もごはんの白さが際立つ照明にしているので、客席の卓上で御膳を見た時にパッとごはんに目がいき、印象に残るのかもしれませんね。

藤原:舞台照明のようですね。

藤原:もともと「象印食堂」は、御社の炊飯ジャーのプロモーションの一貫で始まりました。しかし、店内を見ると入り口に「炎舞炊き」が展示してあるものの、客席やメニューには炊飯ジャーの紹介がありません。製品の紹介をしなくてもいいんですか……?

北村:そこも社内でいろいろ話し合ったんです。もちろん製品の紹介や機能の特徴のリーフレットを置こうという案も出たんですが、そうするとお勉強しているみたいで食事として楽しめなくなっちゃうじゃないですか? 企業目線で炊飯ジャーを「売りつけられるかも」と思われるようなお店じゃなくて、自然にご自宅で楽しくごはんを食べるイメージで、おいしいごはんを味わっていただきたかったんです。炊飯ジャーってご自宅で使っていただくものなので、家で食事することを想像できる雰囲気は大切にしたいな、と。

藤原:「家で食事することを想像する」という考え方は、もしかして銘柄米ではなくブレンド米を使うことにも通じていませんか? 家で使うお米って家庭によって違いますから、銘柄を指定しないことで「うちのお米だとどんな仕上がりになるかな?」と想像が広がる気がします。

北村:当社の開発陣は、お米の銘柄にこだわる炊き方はベストでないと考えていますね。同じ銘柄でも産地や時期、保管状況によって毎年味は変わりますから、銘柄ごとに炊き方を決めてしまうと、かえってお米の特徴が失われる可能性もあります。そういう開発思想があったので、象印食堂でも銘柄にこだわる方向ではないと、まとまりました。

藤原:これはぜひ今日伺いたかったんですが、北村さんが目指す「おいしいごはん」ってどんなごはんでしょう?

北村:象印が考えるおいしいごはんは「適度な粘りと、弾力、そして甘み」としています。私個人としてはちょっと変わっているかもしれませんが、ごはんを食べて楽しいと思うごはんですかね。各ご家庭でおいしいごはんってそれぞれあると思うんです。

ごはんって一家団欒の中で提供されるものだから、普段何気なく食べていますよね。だからこそ「ごはんにこんな食べ方もあるんだ!」「ごはんにはこんな世界があるんだ」とごはんの魅力を深掘りして伝えていきたいですね。おいしいごはんは炊飯ジャーが炊いてくれるので、私たちの役目はごはんを食べることの驚きと感動を伝えて楽しいと思ってもらえる「演出家」ですかね。

藤原:お米と水と火でごはんを炊くという基本構造は弥生時代から変わっていないのに、いまだにごはんに対するおいしさの基準が変化し、印象が変わるってすごいことだと思うんですよ。

北村:同じごはんでも、お弁当やおにぎりになるとまた印象が変わりますからね。実はそう考えて、飲食事業の次の一歩として、2021年3月から「象印銀白弁当」というお弁当専門店を新大阪駅に、2022年4月にはおにぎり専門店「象印銀白おにぎり」を大阪・梅田の阪神梅田本店にオープンしたんです。2023年2月には東京駅前のKITTE丸の内5階に「象印食堂 東京店」をオープンします。

藤原:どんどんと展開が広がっていますね。

北村:象印の飲食店は「いつ来ても楽しい」「いつ来ても期待を超えてくる」と思っていただきたいですね。そして、私たちが「本当においしい!」と自信を持って世に送り出している「炎舞炊き」の魅力やおいしさをもっと多くの人に届けて、体感してもらいたいです。

象印食堂
場所:大阪市中央区難波五丁目1-60 なんばスカイオ6階
営業時間(ランチ):平日11:00~15:00(L.O.14:15)、土日祝11:00~15:15(L.O.14:30)
営業時間(ディナー):17:00~21:00(L.O.20:00)
定休日:なんばスカイオの定休日に準ずる

※2022年12月取材時点の情報です。 / Photo:下城英悟

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