何事も本気で取り組むことで変化した自分と、陸上との出会い

湯田さんは小学校低学年の頃、自分の意見を発表すること、人に声をかけることがとても苦手でした。また、何事に対しても本気で取り組めていなかったこともあり、学校生活が楽しくなかったそうです。しかし、小学校高学年の頃、担任の先生から「何でも一生懸命やろう、チャレンジしよう。」ということを教えてもらい、まず友達と本気で遊んでみることにチャレンジしました。そこで湯田さんは、本気で何かに取り組むことの楽しさに気がつきました。そこから、湯田さんは何事にも積極的に取り組めるようになり、自分の意見を言うことや、人に声をかけることはもちろん、ピアノや習字、そろばんなどの習い事や、家のお手伝いもするようになりました。

湯田さんは、「自分がチャレンジすることは、1番になりたい。」と思い、習い事や中学校の部活動も一生懸命本気で取り組みましたが、なかなか1番になることができませんでした。

しかし、湯田さんにある転機が訪れます。それは、中学1年の体育の授業でおこなった体力測定です。体力測定の女子種目のなかには800m走がありました。1番になることを目標に走った結果、中学校の女子生徒の中で1番になることができました。初めて1番になれたことで、湯田さんは「走る」ということが自分の特技だと気がついたそうです。これが湯田さんと陸上との出会いとなりました。

  • トークの時間
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順調に達成されていく目標、夢に向かって励む中で突然のケガ

中学2年の時、湯田さんは陸上大会に出場します。その陸上大会の女子800m走で1番になることができました。さらに大きな大会でも1番になり、愛知県の県大会にも出場を果たしました。そこで、「全国大会に出たい」という目標ができます。県大会の予選での自己ベストは2分22秒。決勝に進めたものの、全国大会への出場には2分18秒50を切らなければならないという条件がありました。決勝直前の湯田さんの心の中は、あと約4秒タイムを縮めなければならないプレッシャーや、負けてしまうことへの怖さでいっぱいでしたが、「ここであきらめてしまうと、自分が決めた目標が終わってしまう。全力で走り切らなかったら後悔するだろう。」と自分を奮い立たせ、決勝でも一生懸命走りました。その結果、電光掲示板に表示されたタイムは2分18秒28。条件をクリアでき、見事全国大会へ出場する権利を獲得し、目標を達成することができたのです。

初めて出場した全国大会は準決勝敗退で終わってしまいましたが、決勝で走っているライバルのかっこいい姿に刺激を受け、湯田さんは新たに「全国大会で決勝に出る」という新しい目標ができました。

湯田さんは、陸上の強豪である高校に入学しました。中学の時は、個人で練習を重ねてきましたが、陸上部というチームに所属することで、目標に向かって切磋琢磨できる仲間ができました。厳しい練習を仲間とともに乗り越えてきた湯田さんは、高校2年で中学の時の目標であった全国大会の決勝にも出場を果たしました。その結果は5位でしたが、実際に決勝の舞台で走ったことで、「あと4人抜けば、1位になれる。」と実感した湯田さんは、この経験を経て「日本で1番の選手になる」という夢ができたそうです。

夢に向かって練習を重ねる中、湯田さんに悲劇がおそいました。ケガをしてしまい、走ることができなくなってしまったのです。ケガが治ればまた走ればよいと思いながら毎日を過ごしていた湯田さんでしたが、そのケガもなかなか治らないせいで、毎日が楽しく思えず、その頃はいつも無表情で学校生活を送っていたそうです。

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