日本の食文化を体現するおにぎり。そのポテンシャルを日本へ、世界へ。
おにぎりを、その文化的背景も含めて国内外へ普及することを目的に、2014年に立ち上げられた一般社団法人おにぎり協会。国内外での啓発活動を重ねながら、2024年に国内で主催した「おにぎりサミットⓇ」は多くの注目を集めました。そんな協会のブレーンであり代表理事を務める中村祐介さんに、象印マホービンの新事業開発室長である岩本雄平が話を伺います。

「おにぎりとお寿司は何が違うの?」海外の方から受けた質問に驚く

私たち象印マホービンは、国内外の方々と協力しながら万博でのおにぎり販売に向けて活動しています。中村さんとは「おにぎりサミットⓇ」でご一緒させていただいています。そもそも中村さんはどうしておにぎり協会を設立されたのでしょうか。

僕はおにぎり協会とは別にITやデジタルのクリエイティブの会社を経営しているのですが、海外のクライアントに「日本人って、寿司や天ぷら以外は何を食べているの?」と聞かれたのです。そこで一汁一菜や一汁三菜の説明をしてみるのですが、なかなか伝わりづらい。それで、おにぎりの話をしてみると、伝わりやすい。でも、次はおにぎりについての質問攻めです。「寿司と何が違うの? ごはんと具材が一緒になっていて、同じじゃない?」と。最終的に「どういう定義だとおにぎりになるの?」「いつからあるの?」「誰が考えたの?」とあれこれ聞かれて、困りましたね。当時はおにぎりを体系的に紹介する文献も少なくて、自分で色々調べていくうちに、おにぎりというコンテンツは面白いと感じました。そこで、おにぎりを通じて和食文化を国内外に広めていこうとおにぎり協会を設立しました。
おにぎりは既知の未知でもある

おにぎりのコンテンツとしての魅力や可能性にいち早く気づかれ、協会を設立された、ということですよね。一方で、おにぎりは「既知の未知」にあふれているともおっしゃっていましたね。

そうですね。人が物事に共感するには、自分が共感できる必要があります。自分にとって未知すぎるものというのは、驚きはあったとしても共感したり感動したりすることは難しい。むしろ、知っているもののなかに新たな発見を見つけることで共感したり感動したりといったことが起きるのではないでしょうか。つまり、「既知の未知」こそ、多くの人に対して共感と感動を与えられる。江戸時代の哲学者・三浦梅園さんの言葉に「枯れ木に花咲くに驚くより、生木に花咲くに驚け」というものがあって、まさにこれこそが「既知の未知」。おにぎり協会を設立した2014年当時、おにぎりは現在ほど注目されていなくて、本当にそこにあって当たり前の存在。ありふれた既知だったと思います。その既知の中にある未知にスポットライトをあてていきました。

当たり前すぎるものの中に未知の発見がある、ということですね。奥が深いおにぎりは、まさに既知の未知ですね。

おにぎり協会を設立して間もない頃、ミラノ万博に行くご縁がありました。そこでおにぎりを作って配っていると、それを見た海外の方が「ポケモン!」と指差すわけです。彼らによるとアニメ「ポケットモンスター」の中でピカチュウたちがおにぎりを食べているシーンを見る、と。でも、アニメの台詞では『おにぎりを食べよう』とはなかなか言わない。日本人にとっては当たり前の食事をしているだけですからね。そのため、食べているものの名前が分からなかったそうです。

確かに、日本人はアニメでおにぎりを食べていても違和感がありませんね。

海外の方にとっておにぎりは驚きを生む未知の状態である一方、日本人にとっては既知の状態というのが面白いと感じました。さらに、既知だけど、日本人がどれくらいおにぎりに対してわかっているかというと、実はあまり知らない。標準的なおにぎりに何粒のお米が含まれるかとか、おにぎりにはどんな歴史があるのかなど、考えませんよね。興味をもって調べれば調べるほど面白いエピソードに出会い、おにぎりには驚きや発見、魅力が詰まっていると感じました。僕自身が続々と、既知の未知を体験していったわけです。

確かに私たちも、日本各地でおにぎりの具材を地元の方と共創する過程で、常に驚きと発見をしています!

やはり料理は、歴史や文化的背景と切り離せないですよね。おにぎりも戦国時代には戦飯となり、平和になってくると旅や花見などで使われるお弁当になっていきます。例えば、江戸時代の料理本「料理早指南」には花見弁当の紹介があり、そこにはおにぎりがぎっしりとつまっています。
昔は今よりも地方の色も濃く出ていました。たとえば、お米がたくさん手に入る地域ではお米中心のおにぎり、そうでない地方では刻んだ葉物を混ぜてカサ増したおにぎりだったり。そんなおにぎりの知られざるエピソードを提供することで、おにぎりの楽しさをたくさんの人に知ってもらえたらいいと思っています。

おにぎりはオープンソースのプラットフォームであり、
コミュニケーションツールでもある

僕は、おにぎりはオープンソースのプラットフォームだと思っています。良いものは継承され、そうでないものは淘汰されていく。みんなで面白く磨いていけたらいいな、と思っているんです。それだけでなく、コミュニケーションツールにもなりますしね。おにぎりブームに便乗して、商売だけの目線でおにぎり屋をはじめると、ちょっと難しい印象です。ですが、近所でどんどんお店が潰れちゃって、人が集う場所がないからおにぎり屋でもやろうかな、と誕生したお店はうまくいっていることが多い。基本的におにぎりって、誰かのために作るものですよね。運動会や受験勉強など応援する気持ちを含むことも多い。作ってから数時間置いて食べることを想定されている料理という点でも、世界的にも例がないんじゃないかな。できたてももちろんおいしいけれど、冷めてもおいしいですよね。

炊きあがってすぐも、冷めてもおいしいのは、ごはんならではの魅力ですね。

そう。日本料理や懐石料理のお店だと、炊きあがったごはんがお櫃などに入って提供されますよね。食べきれないほどの量が入っていて、余ることもあります。でもそれは、あえてそうなっていて「おにぎりにしてお持ち帰りなさいますか?」と聞かれるわけです。炊きあがってすぐのごはんでお店の世界観や醍醐味を堪能していただき、おもたせでおにぎりを持ち帰り、ご自宅で少し冷めたそれを味わっていただくまでが、計算されたひとつのコース。変化したごはんのおいしさを味わい尽くす中で、お店のことを思い出していただければ、というおもてなしの心を宿すものなんですね。

マナーの敷居が低いという意外な嬉しさも!

海外でおにぎりを紹介する啓発活動だけでなく、国内のお米などの生産者さんと協業したり、新米パパママ向けに料理教室を開催したり、おにぎり協会は幅広く活動しています。新米パパママ向けの料理教室などを通して新たに知ったおにぎりの魅力としては、食事のマナーが気になりにくい料理であるということ。成長速度がゆっくりだったり先天的な特性があったりすると、食事のシーンでは楽しさよりもマナーが守れているかに強く気が向いてしまう親心があるそうですが、おにぎりならお箸も使いませんし、多少食べこぼしても構わない。むしろ、頬にごはん粒がついていることが愛嬌になったりもする。そういう気づきはたくさんあります。そんな活動を4年ほど続けて、ブレイクポイントがいくつかあったのが2018年。TV出演の依頼があったり、世界で唯一おにぎり店としておにぎり協会のメンバーでもある「おにぎり浅草宿六」がミシュランガイドのビブグルマンに掲載されるなど、おにぎり業界の盛り上がりを感じました。そこからどんどん海外からの引き合いも増え、国内外の企業や自治体をご紹介するようになっていますね。

その盛り上がりが「おにぎりサミットⓇ」のあの盛り上がりへつながっていくのですか。

じわじわとブーム化する一方で、つながりができたお米の生産者の圃場を見て回ると、農業の担い手の高齢化や人口減少、作付面積の減少など厳しい側面も見えてきました。一生懸命作ったお米が売れないとなると、シビックプライドの醸成はおろか、モチベーションを維持することも難しくなってしまいます。そこで、お米だけでなく、海苔や塩、おにぎりと一緒に食べる副菜やお茶なども含めて、みんなで束になって何かできないかな、と考え始めました。おにぎり協会の会員には自治体もありますが、ひとつの自治体でイベントを主催するより、集まってみんなでやった方が社会的なインパクトを生みやすく、投資対効果も得やすい利点があります。お米などの農業って、直売でないと意外とお客さんの顔が見えないBtoBビジネスでもあるので、あえて、おにぎりサミットⓇで生産者さんを表彰するなどで光を当てました。お米を作るって苦労がたくさんありますので、少しでもモチベーションにつなげてほしいと思ったんです。

ごはんを愛する象印マホービンとしても、お米の生産者さんを応援したい気持ちは強くあります。

一般社団法人おにぎり協会
https://www.onigiri.or.jp/




















中村祐介さん
IT/デジタルマーケティング&クリエイティブの会社経営をしながら、2014年に一般社団法人おにぎり協会を設立。TBSテレビ「マツコの知らない世界」をはじめメディア出演多数。2024年2月に新潟県南魚沼市など7自治体の首長ら、企業などと共に「おにぎりサミットⓇ」を初めて開催した。