
「できっこない」と思われていた商品
象印が初めて電気ケトルを発売したのは、2008年のこと。そのときから現在にいたるまで、何よりも大切にしてきたのが商品の安全性です。狙ったところにお湯を注ぐのに便利なドリップケトルですが、倒れたときのお湯もれを防ぐのは構造上きわめて困難。こうした安全面での課題から、象印では長らく開発そのものが見送られてきたのです。
そのタブーを打ち破るきっかけとなったのは、経済産業省の決定でした。日本で販売されるすべての電気ケトルについて、倒れてもこぼれにくい「転倒湯もれ防止構造」が必須となるのです。ただ、開発当初、店頭に並んでいる他社製のドリップケトルはほとんど、この構造に対応していませんでした。ならば将来のお客さまのために、いまから象印がつくるべきではないか。そんな思いから、ずっと不可能とされてきた「倒れてもこぼれないドリップケトル」開発へのチャレンジがはじまりました。

悩んだ末に“ひらめいた”新構造のフタ
こうして開発に取り組みはじめたものの、さすが長年の難題だけあって、すぐに解決とはいきませんでした。そもそもドリップケトルとは、注ぎ口である細いノズルが、ボディの下部についているのが大きな特徴。少し傾けただけでもお湯が出やすくなっているぶん、倒れたときにお湯がこぼれやすいのです。かといってノズルの先にフタをつけたりしたら、本来の魅力である使いやすさやスタイリッシュさが損なわれてしまいます。
いくつもの試作品をつくり、さまざまな可能性にトライすることおよそ一年。ついに、沸かすときも倒れたときもお湯がこぼれにくい、まったく新しいフタの構造をつくりだすことに成功しました。それまで夢に出るほど悩みつづけて、ついに“ひらめいた”という感じです。もちろん商品開発全体のなかで、この安全設計は最初の一歩に過ぎません。それでも、「これで安全な商品を世に出せる」という嬉しさがこみ上げました。
▲ 新構造のフタ
▲ 倒れてもこぼれにくい、象印独自の「転倒湯もれ防止構造」
お客さまが使いたいケトルとは?
私たちが世に出すのは、象印初のドリップケトル。安全設計はもちろん、市場のニーズもいちから調べる必要があります。そこで明らかになったのは、「ドリップケトルに“これだ”という正解はない」という意外な事実でした。いま市販されているものは、ノズルの細さや形状、材質、全体のフォルムまで、まさに一品一様。それに対する利用者の声もさまざまです。最初は明確な目標がないことに戸惑いましたが、やがて、「既存品にとらわれず、象印らしいものをつくればいい」と考えるようになりました。
たとえば、この商品の主な用途はコーヒーを淹れること。けれど、それだけに特化してしまうと、たくさん注ぎたいときにストレスがたまります。私たちのドリップケトルは、もっといろんなシーンでお湯を注ぐのに使いやすいものでありたい。使う人の暮らしを思い浮かべることで、どんどん象印らしさがカタチになっていきました。

試作の山から生まれた究極のノズル
いろいろな使い方を想定した象印のドリップケトルには、あちこちに細かな工夫が詰め込まれています。そのひとつが、ハンドル部分の重心。握りやすいだけでなく、ちょうどお湯が出やすい角度に自然と傾くよう設計されているので、たっぷりの量がほしいときもストレスなく注げます。
また、とくにこだわり抜いたのが、お湯をきれいにまっすぐ下へ落とし、湯切れを良くするために重要なノズルの形状と先端部分です。どんな形状ならうまく注げるのか、実際につくって試してみなければわかりません。加工工場に何度も足を運び、ミリ単位で微妙な調整を重ね、ようやく「これだ」というノズルが完成。さらに注ぎ終えた後はスッとお湯が切れるよう、先端部分につけるカーブの角度も念入りに検証しました。

安全の先にある、使うよろこびを
ことのはじまりは安全設計でしたが、開発を進めるうちに、「こんな風に注げたら」という使用感へのこだわりがどんどん強くなっていきました。安心して使えることはもちろんですが、「使いやすさ」も同じぐらい大切。何度も注ぎやすさを確かめ、使う人の気持ちになって商品をつくることで、あらためてそう気づかされました。
もちろん、安全性から生まれる使いやすさもあります。外側が熱くなりにくいように本体を二重構造、ノズルをカバーで覆うことで、両手で支えながら注ぐことが可能に。また、細くて負荷がかかりやすいノズルの根元は、しっかり頑丈に取りつけました。こうした安心も、「気兼ねなく使える」「使いたい」という気持ちにつながると信じています。さらに、使うときはもちろん、出しっぱなしになりやすい商品だからこそインテリアにもなじむように、本体フォルムの美しさや高級感のあるメタリックな塗装など、デザインに配慮しました。

注ぎたくなるワクワクを、皆さまへ
最初の試作から2年かけて、ついに迎えたおひろめの場。「この注ぎやすさは実際に確かめてもらわないと」と考え、会場にコーヒードリッパーを用意。来場者ひとりひとりに注ぎ心地を体験してもらいました。すると、「これは気持ちいい」「ぜひ買いたい」など、期待以上に嬉しいリアクションが続々と。試行錯誤を重ねて良かった、と心から思えた瞬間です。
毎日あたりまえに使う電気ケトルですが、そのなかでもドリップケトルは、ちょっとこだわりのあるお客さまが選ぶもの。だからこそ、いつでもそばに置いて、注ぎたくなる上質さをめざしました。ぜひ、暮らしのなかで、楽しく、末長く使っていただきたいです。

象印ものづくりの
「ここだけの話」
「ひょっとしたら無理かも…と思ったこともありましたが、チームの力で実現。あきらめることなく、自分たちを信じて良かったです」
山元 伸悟 / 商品企画担当
「安全にしても、使いやすさにしても、お客さま目線で考え、最後まで妥協せずにつくりあげることができました」
辻岡 繁 / 設計開発担当
「ノズルにまでカバーをつけるなんて、象印ならではの徹底した配慮。安全設計がいかにゆずれないポイントであるか、あらためて実感しました」
栗山 貴行 / 設計開発担当
※所属部署・内容は取材当時(2025年1月)のものです。